ヘルムート・バーガー
イタリアの巨匠、ルキノ・ヴィスコンティの晩年の作品で美しく咲き誇り、強烈な存在感を放ったヘルムート・バーガー。5月に、恩人であり最愛の人であったヴィスコンティが鬼籍に入った齢と同じ70歳の誕生日を迎えた。
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彼が久々に国際的な晴れの舞台に現れたのは今年5月のカンヌ国際映画祭。コンペティション出品作でギャスパー・ウリエル主演の『Yves Saint-Laurent(原題)』で晩年のサン・ローランを演じ、監督や主要キャストたちとレッド・カーペットに登場した。加齢による容色の衰えもだが、会場前の大階段を昇るのに手すりに身を預け、周囲の人たちの助けを借りる姿はフランス国内外に衝撃的に伝えられた。
1944年、オーストリアのザルツブルグ生まれ。家業のホテル経営を学んでいたが、興味を持てず18歳のときにロンドンに渡る。そこで演劇学校に通いながら、若さと美貌で人目を惹きつけ、有名カメラマンのモデルをつとめ、ファッション・モデルや新進女優とつき合い、60年代のカウンター・カルチャーにどっぷり浸かって、次はイタリアに移る。そこで、『熊座の淡き星影』を撮影中のヴィスコンティと運命的な出会いを果たした。それから死別するまで、2人は一緒に暮らし、ヴィスコンティを通してヘルムートは文学や芸術にふれ、一流の芸術家とも交流して自身に磨きをかけていった。
最初に出演したヴィスコンティ作品はオムニバスの『華やかな魔女たち』(67年)だが、彼の存在を一気に知らしめたのが69年の『地獄に堕ちた勇者ども』だ。ナチスが台頭した30年代前半のドイツを舞台に、彼が演じたのは製鉄王でもある貴族の跡取り息子。女装してマレーネ・ディートリッヒの歌う姿は衝撃だった。権力争いの渦中にあって退廃の限りを尽くす青年を美しくも毒々しく演じた。
花の命は短く、70年代半ばまでが最盛期。『ドリアン・グレイ/美しき肖像』(70年)や『雨のエトランゼ』(70年)など、彼のためとしか思えない役を演じ、ヴィスコンティとは『家族の肖像』(74年)、そして大作『ルートヴィヒ』(72年)を撮った。渾身の演技で狂気のバイエルン王になりきったヘルムートはクランクアップ後に役から抜け出せず入院したほど。ヴィスコンティも撮影中に病に倒れ、リハビリを経て執念で完成させたこの作品は、俗な表現だが、2人の愛の結晶だ。
76年にヴィスコンティが亡くなる。「僕は31歳で寡夫になったんだ」と自ら語るヘルムートは、すでに手を染めていたアルコールやドラッグへの依存を深め、77年には自殺未遂騒ぎもあった。仕事への意欲も失われ、出演作はB級C級作品ばかり。アメリカのソープオペラ『ダイナスティ』に出演したこともある。もっともハリウッドは全然水が合わなかったらしい。「セットに入る時は泣きながらだったが、銀行に行く時は笑いが止まらなかった」とギャラのためだけに出演したと話している。
「見てくれの良さなんてどうでもよかった」と本人が後に振り返ったが、まさにその通り。フランシス・フォード・コッポラの『ゴッド・ファーザー PartIII』(90年)で本編終了後のキャスト・クレジットにその名前を見つけて仰天したが、一体どの役だったのかわからないくらい変貌していた。俳優の仕事を続けてはいる。7月公開の『パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト』にも出演。皮肉なことに、美貌に不釣り合いと言われた独特の悪声に往時の面影が残る。
10年前に長年暮らしたイタリアから故郷に戻り、ドイツやオーストリアのテレビトーク番組で暴露話を披露することも多い。YouTube上の映像を見れば、ドイツ語がひと言も解らなくても、何やらおかしなことになっているのは伝わってくる。ダンディさの欠片もない服装で毒舌キャラ全開だ。過去に共演した女優や監督の話になると、彼らのパートナーも含めて「3人で楽しんだよ」というオチが必ずと言っていいほど着く。
美しくエキセントリックで享楽的だった青年は、ふてぶてしくエキセントリックな老人になった。野心家ではないけれど、しぶとく生き残った彼は老境に達し、思わぬ再生のときを迎えているのかもしれない。(文:冨永由紀/映画ライター)
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