7月11日に公開され、日本でもいい感じの滑り出しを見せている韓国映画『怪しい彼女』。初日満足度ランキングでトップを獲得するなど、本国での大ヒットを追うように日本でも好意的に受け入れられている。
ある日ふとしたきっかけで20歳の姿に若返ってしまった70歳の毒舌おばあちゃんが、育児と生活に追われて叶わなかった青春時代の夢を取り戻すため、自分の孫がやっているバンドで歌を歌い始める。類い稀な歌唱力で瞬く間に人気者となった彼女だが、その身体は少しずつ元に戻り始め……。
ファンタジーとコメディをベースにしつつ、絶妙なバランスでラブロマンスや家族愛の要素がブレンドされた、「分かっちゃいるけど泣けちゃう」系の巧みなプロット。『のだめカンタービレ』韓国リメイク版での主演も噂されているシム・ウンギョンのフレッシュな演技。そして物語を引き立てる音楽の数々。同じくシム・ウンギョン出演のヒット作『サニー 永遠の仲間たち』では70〜80年代の洋楽が効果的に使われていたが、本作では70年代に自国でヒットした歌謡曲が随所に盛り込まれており、韓国の人たちにとっては“懐メロ満載の音楽映画”として楽しむ向きもあるようだ。韓国の音楽事情に明るくない筆者にとってもそれらの楽曲は魅力的で、おしなべてアッパーで音圧の高いイメージのある昨今のK-POPとはまったく別の味わいが感じられた。
実際この映画には、ステレオタイプなK-POPを茶化すようなシーンも出てくる。ハン・スンウが演じるテレビ局のプロデューサーが新人アーティストのオーディションをするシーンで、似たような女の子が声を揃えて歌う様子を見てうんざりした表情を浮かべたりする。この映画のプロモーションで来日したファン・ドンヒョク監督が「韓国では2000年代後半あたりから大きな芸能事務所が主導する“歌って踊る曲”ばかりが目立つようになった。かつては、親子で聴いて楽しむことができる美しいバラードやリズム&ブルースのような音楽があったが、すっかり減ってしまった気がする」という趣旨のコメントを残しているので、そんな現状へ向けたアンチテーゼが少なからず込められているのだろう。
日本公開に先立つ2月、そんな『怪しい彼女』の音楽に関するニュースが日本のエンタメサイトで報じられた。劇中でシム・ウンギョン扮するオ・ドゥリが歌う「もう一度」という曲が、ある曲との類似性の高さを指摘されているという。ある曲というのは、同じ韓国のユニット=Peppertones(ペッパートーンズ)の「Ready,Get Set,Go!」。ペッパートーンズは、ピチカート・ファイヴやシンバルズなど日本の渋谷系と呼ばれる人たちの影響下にあるユニットで、シン・ジェピョンとイ・ジャンウォンの2人を中心に適宜ヴォーカリストを迎える形で楽曲を発表している。本国でどのくらいの人気があるのかは分からないが、K-POPオンチの筆者が彼らの2ndアルバム『NEW STANDARD』を持っているくらいだから、かなりメジャーな存在だと思われる。日本にも熱心なファンが多くいるようだ。
その「もう一度」と「Ready,Get Set,Go!」を聴き比べてみると、高揚感溢れるストリングスを使ったイントロ、メロディライン、コード進行、テンポ感などなど、まあ確かに似ていることは似ている。ペッパートーンズ側が法的対応へ……と報じられているので、本国ではそれなりの問題に発展しているのだろう。しかし劇中のあのタイミングで演奏される曲という一点だけを考えるなら、「もう一度」はとてもよく出来た曲だと個人的には思う。オ・ドゥリらが最初の大舞台で演奏する曲として物語のなかで果たすべき役割をしっかり果たしている。つまり、無名の新人バンドがたった一曲で聴衆の心を鷲掴みにする、という演出にリアリティを感じさせるだけの完成度を持った楽曲だと思うのだ。
この問題がどういう形で終結するかはまだ分からないが、ひとつだけ言えるのは、これによって映画そのものまで軽んじられてしまうのは、あまりにもったいないということ。一連のK-POPブームに代わる韓国ポピュラー音楽の新しい潮流を知る意味でも『怪しい彼女』が重要な作品であることは間違いないので、まずはとにかく先入観なしに楽しんでほしいと思う。(文:伊藤隆剛/ライター)
『怪しい彼女』はTOHOシネマズ みゆき座ほかにて公開中。
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