社会の底辺を漂う女をリアルに描写。約50年前にある女優が撮った隠れた名作
バーバラ・ローデンが監督・脚本・主演を務めた『WANDA/ワンダ』日本初公開
【週末シネマ】今から50年以上も前の1970年、アメリカのある女優が監督、脚本、主演を務めた『WANDA/ワンダ』。マーティン・スコセッシやイザベル・ユペールなど、多くの映画人が絶賛する隠れた名作は、『草原の輝き』(61年)などに出演したバーバラ・ローデンの唯一の監督作だ。
ペンシルベニアの炭鉱町に暮らす主婦・ワンダが離婚し、1人で街を漂い続ける。バーやモーテルを転々としながら、やがて犯罪者の男と逃避行する彼女の物語は最終目的地のないロードムーヴィーだ。
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低予算で素人をキャスティング、即興で演技
ローデンが、銀行強盗に加担した女性についての新聞記事に着想を得て脚本を書き、わずか数名のスタッフとキャスト、低予算(当時の金額で11万5000ドル)で作られた。キャストの多くはプロの俳優ではなく、撮影地でローデンやスタッフがスカウトした素人だ。脚本はあるものの即興で演じられたシーンが多い。
ワンダは無気力で受け身で、自分の子どもにさえ愛着はなく、今いる場所ではないどこかへ行こうと放浪し続ける。ブロンドで若くて美しい彼女に声をかける男たちは大勢いるが、その誘いに乗るたびに不運が重なっていく。1人で所在なげにいる女性が格好の標的にされるのは、いつの時代でも変わらない。
無気力で相手の言いなりというキャラクターに批判も
ワンダは、ローデンが自己投影するキャラクターだという。1932年生まれのローデンは幼い頃に両親が離婚し、祖父母に育てられた後に16歳からモデルの仕事を始めて、女優を目指した。20代から舞台や映画で活動し、1966年に『波止場』『エデンの東』などの名匠で、彼女より23歳上のエリア・カザン監督と結婚する。
自主性ゼロで、理不尽な扱いをされても相手の言いなりというキャラクターは、女性解放運動が盛んだった1960年代後半から70年代にかけての当時の空気に逆行するものでもあり、そのことに批判的な評論もあったという。
彷徨うワンダの様子に、ローデンと同世代のアニェス・ヴァルダが1985年に撮った『冬の旅』の主人公・モナや、2008年にケリー・ライカートが撮った『ウェンディ&ルーシー』のウェンディを思い出す。あるいは、バーで出会ったMr.デニスと行動を共にしている様子にはフェデリコ・フェリーニ の名作『道』(54年)のジェルソミーナも少し入っているように思える。
人生の虚しさをただ残念なものとして描いた唯一無二の作品
半自伝的な内容だというが、ローデンのタッチは驚くほど感傷的ではない。転落というよりも、糸の切れた凧のように迷走を続けるワンダの旅は、例えば同時代に作られた『俺たちに明日はない』などのアメリカン・ニューシネマのようにクールに決まらない。だが、ワンダの人生の虚しさをドラマティックに飾らず、リアルに残念なものとして描いたことで、この映画は唯一無二の特別な作品になった。
48歳で亡くなったローデンの名作にして遺作
『WANDA/ワンダ』は第31回ヴェネツィア国際映画祭(1970年)で最優秀外国語映画賞を受賞したが、本国では全く話題にならず、ローデンはその後、教育映画の短編2本を監督しただけで、1978年に乳がんと診断され、1980年に48歳で亡くなった。今回の封切り日、7月9日はバーバラ・ローデンの90歳の誕生日の翌日にあたる。
『WANDA/ワンダ』は劇映画だが、映し出す社会の様子は時代の空気を凝縮したドキュメンタリーのようであり、これを2022年の今、劇場のスクリーンで鑑賞できるのは得難い貴重な機会だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『WANDA/ワンダ』は、2022年7月9日より全国順次公開。
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