7月8日、30代の女性にスポットを当てたノルウェー発の映画『わたしは最悪。』のヒットを記念したトークイベントが開催された。アートディレクターの石井勇一氏と映画ジャーナリストの立田敦子氏が本作の魅力を語っている。
・『わたしは最悪。』理想の未来とシビアな現実との間で揺れ動き、自分の気持ちに向き合うヒロインに全世界から共感の声
石井勇一「あらゆる時間の導線みたいなところが描かれている」
昨年のカンヌ映画祭で『わたしは最悪。』を初めて見たという立田。「ヨアキム・トリアー監督はその前の作品『テルマ』(17年)とか『母の残像』(15年)で知っていたんですけども、こんな作品を撮れる監督だったんだ」と、過去作とは異なるテイストだったことにまず驚いたという。「1人の女性、30歳前後の女性の成長物語となっておりますけども、それだけではなくって人生のいろいろな要素が盛り込んでいて、それが詰め込みすぎに見えないような、巧みな脚本というのもに驚かされました」
石井も「最初は、本作のアートワークをデザインするにあたって仕事モードで見ていたのですがほんとそれを忘れて、心を鷲づかみにされた感じ」だったと思い返す。劇中では「あらゆる時間の導線みたいなところが描かれているんですが、それが自分自身の環境だったり境遇に、ほんとどっぷり重なってやられてしまった、というのが最初の感想ですかね」と述べた。
都内の劇場では、7月1日の公開直後から満席回が続出。ヒットの要因として観賞後の観客のSNSを中心とした口コミが挙げられている本作だが、そのことについて立田は「私自身もいろいろな感情を掻き乱されながら見た作品なんですよね。そういう意味で年齢層問わない作品だなと思いまして、そして誰かにこの気持ちを伝えたい。『ここが面白かった』『ここが感動した』というのを伝えたい気持ちがすごく生まれる作品」「そういう意味で身近な方、30代の方は30代の方だけに広がるのではなくて、私はこうみた、僕はこう見た、そして40代ならこう見た…とそういうふうに広がっていったんじゃないかなと思います」と分析。
石井も「リアルな人間らしいキャラクター、魅力が生き生きしていてそれぞれの役割によって響く世代が全然違うんだろうなと思うんですよね」と振り返る。「ある程度僕たちみたいな世代、キャリアを進んできた人たちにとって、悔しくも重なってしまうような記憶が本作には少なからずあるんだろうな、ということと、あと若い人たちにとってもこういった職業選択とか、ユリヤ自身の正直な悩みが心に感じるんだろうな」と共感ポイントを挙げた。
グッときた“世界が止まるシーン”
“グッときた”シーンを問われた立田は、ユリアとアイヴァン以外の全ての時間が止まる「アイヴァンに会いにいくシーン」を挙げた。
「本当にこの人が運命だ、という人に会った時、たとえそれが勘違いだったとしても、大体恋に落ちた瞬間ってああいう風に世界が止まってその2人しか見えないことってあると思うんですよね。それってみんなが思うのに『こういう視覚表現でそれを表現するんだ』っていうのがまずビジュアル的にはすばらしいと思いました」と説明。「その人の物語を描きながらも、その背景となる街というものをすばらしく捉えている」と評した。
加えて本作は35ミリのフィルムで撮っていることにも触れ「けっこうアナログというか。(先ほど述べた)世界が止まるシーンとかも実際よく見てみると、髪が風で揺れてる。今だとCGでそういうものって簡単にグリーンバックで撮れちゃうんですが、そういうことをやってないんですよね。そういうマジカルなんだけどリアリティがあるいうか、細かいところの作りが巧み。ビジュアル的にはそこにも感動しました」と述べた。
石井は「ユリアがアクセルの出版パーティから抜け出すシーン」だと答えた。「僕自身パートナーがスタイリストなんですけど、元々僕が独立する前から活躍していた。だからユリアのシーンで、夫婦で同席してパーティとか行くんですけども、当時アシスタントだった自分は、まだ何者でもない。そこで何も説明できない自分にモヤモヤして。で、そこをやり過ごさなきゃいけない。なんとも言えない絶妙な空気。それがいたたまれなくなって空を見ながら思いを馳せる、というのがグッときた」と自身の体験に重ねて語った。
本作はヨアキム・トリアー監督がレナーテのために書き上げた脚本。劇中での彼女の魅力について立田は「革新的な女性像を描き出し、演じていること」だという。「30代前後の女性の揺れる心、葛藤だとか成長の物語っていうのはある意味ありふれたテーマだと思うんです。では何が革新的かっていうと、トリアー監督は、普通の人が思う理想、例えば20年前だったらユリアのような30代の女性は、仕事も恋愛も成功して家庭も、全てを手に入れたいと思うという女性として描かれていたわけなんですよね」
しかし本作の彼女は、“自分の本質を手に入れるため世間の声は無視して、全て上から壊していく”。その新しいヒロイン像と、そんなユリアを演じ上げたレナーテを立田は賞賛した。
ポスタービジュアルでキャストの顔にタイトル載せた理由とは?
日本の宣伝ビジュアルのためのアートワークを全て手がけた石井。本作へのこだわりの一つは、本ポスタービジュアルの後に発表された6種のストーリー仕立てのポスタービジュアルを制作する際、キャストの顔にタイトルを載せる「タブーとされる表現をあえて挑戦したこと」だという。「通常そういった行為はタブーとされている業界ではあるのですが、その表現は<ユリヤ自身の未だに何者にもなりきれない、その匿名性を表すもの>として僕は考えた」
自身が手がけたポスターなどに関して「まだ作品を知らない段階で<街で通りすがって拝見していくもの>で、だから期待を煽る必要があると思うんです。そのため、そこはあまり説明的になりすぎないような表現を意識している」という。「アート性の高い映画ポスターが氾濫した約20年前、そういう時代のポスター文化っていうのを大事にしたいと僕は常に思っていて、心の点火剤になるように意識していますよね。特にインターネット時代になってから特にビジュアルって大事だと思うんですよね」と主張。レコードのジャケ買いとも比較して「そういう要素って映画にもあるとおもうんです。特にSNSやネット上でビジュアルがパッと目に入るかどうかっていうのはとても重要になっていると思うのです。そういった意味でのポスターの役割って以前とは違った意味でも重要」と述べて「シェアしたくなるビジュアル」を意識していると明かした。
立田は、『わたしは最悪。』という本作タイトルに言及。「英題の<The Worst Person In The World>というのも良いのですが、ちょっと距離があったんです。でも『わたしは最悪。』っていう日本語を聞いたときに、たしかかに10代、20代、まあ30代くらいまで女性、男性もそうかもしれないですけど、やっぱりふと何かに落ち込んだときとか自己嫌悪に陥った時って、この言葉って口に出さないまでも頭の中に浮かぶと思う。その呟きみたいなものがタイトルになってるっていうのは、すごくいいし、この作品にマッチしてるなと思った」と述べた。
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