『馬々と人間たち』
馬は絵になる。古くは黒澤明が助監督をつとめた山本嘉次郎監督の『馬』(41年)、アルベール・ラモリス監督の『白い馬』(53年)、最近ではスピルバーグの『戦火の馬』(11年)まで、その美しい姿をとらえた名作は数多いが、そこに新たに加わる1本が北欧の島国・アイスランドが舞台の『馬々と人間たち』だ。
・モテ力は容姿のみにあらず。恋愛大国フランスの恋の風景とは?
緑の草原が広がりつつ、ひんやりとした空気の冷たさを感じさせるアイスランドのとある村に暮らす人々、彼らと共に生きる馬たちのエピソードを重ねて、春から秋へと季節を追う。美しい牝馬を乗りこなす独身中年男と子持ち未亡人女性。酒好きの主人を背に乗せて、ウォッカ入手のために海を泳いでロシアのトロール船へ向かう馬。有刺鉄線の柵を作る男と、愛馬2頭と共に鉄線を壊して歩く男。吹雪の荒野さまよう旅人の命を救う馬。彼らが繰り広げる物語は俗っぽくくだけるかと思うと、不思議な崇高さを醸し出し、悲劇とも喜劇ともつかない独特の世界を作り出す。
登場するのは、10世紀以上も原種が守られている純血馬・アイスランド馬。小型で、サラブレッドのような華麗な容姿ではないが、島の人間の生活には欠かせない存在だ。本作に登場する人と人、人と馬、馬と馬。どの組み合わせでも、その距離感が緊密に感じられるのは、両者の種としての違いを無視するように、等しく描いていく独特の視点だ。等しくというより、むしろいくらか馬寄りといってもいいだろう。
馬の視点で世界を描く作品というと、ジョン・フォード監督の無声映画『香も高きケンタッキー』という大傑作がある。『香も〜』は馬を擬人化して物語らせる形だが、『馬々と人間たち』の場合は、馬同士も人間同士も、馬と人間という組み合わせでも、すべて馬の見たまま、感じたまま、ともいうべきユニークな視点を作り出している。嫉妬や縄張り意識などに苛まれる人間の滑稽さをリアリズムで描いているが、あからさまな非難やジャッジを下さない分、超然とした馬の視点で物事をとらえる感覚が味わえて興味深い。
時折アップになる馬の瞳の湛える豊かな表情も魅力的。そして、タイトルそのものの映像が展開するラストシーンの混沌、そこから湧き起る高揚感が素晴らしい。人間もまた、服を着た動物なのだとしみじみ思う。監督は劇作家、演出家、俳優としてアイスランド演劇界で活躍するベネディクト・エルリングソン。映画監督デビュー作にあたる本作で、昨年の第26回東京国際映画祭コンペティション部門で最優秀監督賞を受賞した。(文:冨永由紀/映画ライター)
『馬々と人間たち』は11月1日より公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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