『ダラス・バイヤーズクラブ』の監督による2005年の『C.R.A.Z.Y.』が公開
【週末シネマ】マシュー・マコノヒーとジャレッド・レトがアカデミー賞主演男優賞、助演男優賞を受賞した『ダラス・バイヤーズクラブ』(13年)やニコール・キッドマン主演のドラマ『ビッグ・リトル・ライズ』(17年)で知られ、昨年12月に58歳の若さで亡くなったジャン=マルク・ヴァレ監督の2005年の作品『C.R.A.Z.Y.』が劇場公開される。
・【週末シネマ】粗も目立つが、生きるために戦う男たちの圧倒的パワーでねじ伏せる『ダラス・バイヤーズクラブ』
カナダのフランス語圏であるケベック州出身のヴァレが、1960~70年代の同州のある家庭で5人兄弟の四男として生まれた主人公の成長を通して、セクシャリティや子と親の複雑な関係を描く。
同性に惹かれる息子と保守的な父親、一家の30年を描く
主人公のザック・ボーリューは1960年のクリスマス当日、つまりキリストと同じ12月25日に生まれた。保守的で社交的、フランスの歌手、シャルル・アズナヴールのシャンソンが大好きな父ジェルヴェに可愛がられ、敬虔なカトリック信者で過保護な母のロリアンヌは息子に特別な才能があると信じている。ザックには活字中毒のクリスチャン、ロック好きでトラブルメーカーのレイモン、そしてスポーツが得意のアントワーヌという3人の兄がいて、やがて弟のイヴァンが誕生する。幼少期のザックを演じるのは、ヴァレの次男のエミール・ヴァレだ。
幼いザックは母のドレスとネックレスを身につけて、母親になりきってイヴァンをあやしていたが、それをジェルヴェに見られてしまう。社会を古い価値観が支配していた1960年代後半のことだ。とりわけ保守的なジェルヴェは、息子に男らしくあれと望むばかり。思春期を迎える頃、同性に惹かれる自覚を持つようになったザックは両親の理想や期待と自身が真に望む生き方との大きな隔たりに悩み、苦悩と混乱を深めていく。
共同脚本を務めたフランソワ・ブレの自伝的ストーリー(父子や4人の兄弟との関係)に、モントリオールの中流家庭に育ったヴァレ自身の宗教的葛藤などを反映させたボーリュー家の30年間は、家族と自己という普遍的なモチーフが軸にある。同時に、フランス系カナダ人のコミュニティが、カトリック教会中心から州政府を中心とした民主的な社会へと変わっていった1960年代からの変遷を描いてもいる。
60~70年代の楽曲が物語と響き合う
わかり合えない親子には、音楽を愛するという共通点がある。毎年クリスマスにジェルヴェが「血の果てまで連れて行ってくれ」とアズナブールの「世界の果て」を熱唱する様子が繰り返し登場し、家族でクリスマスのミサに参加するザックは、ローリング・ストーンズの「悪魔を憐れむ歌」を頭の中で鳴り響かせながら夢想する。そして本作のタイトルで、物語のキー・アイテムでもあるのがカントリー音楽界のレジェンド、パッツィ・クラインの「CRAZY/クレイジー」だ。父が愛蔵するレコード盤を幼いザックが割ってしまったエピソードをはじめ、同局は劇中で象徴的に何度か流れる。何より、5人兄弟の命名の由来でもある。
英語の歌を愛聴する父が毎年クリスマスに熱唱するのも、ザックの20歳を祝うために選ぶのもフランスのシャンソン歌手、シャルル・アズナヴールの楽曲だ。10代のザックを象徴するのはピンク・フロイド、そしてデヴィッド・ボウイ。実はこうした名曲の数々の使用料が嵩み、ヴァレは自らのギャラをカットして支払いに充てたという。その甲斐あって適材適所に置かれた楽曲は物語と見事に響き合う。
家族とコミュニティの歴史を重ねて描き、そこから寛容というキーワードを導き出す本作は、製作から17年経った今こそ見るべきメッセージを携えている。(文:冨永由紀/映画ライター)
『C.R.A.Z.Y.』は、2022年7月29日より公開。
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