『嗤う分身』
ドストエフスキーの「分身(二重人格)」を、ジェシー・アイゼンバーグとミア・ワシコウスカという若手きっての演技派スターを主演に映画化した『嗤う分身』。気弱で冴えない青年の前に、姿形は瓜二つでも別人のように要領がよく自信たっぷりの男が現れる不条理劇だ。
・馬と人間の共存を描く、東京国際映画祭最優秀監督賞受賞のアイスランド映画
時代も場所も特定できないが、50〜60年代の東欧のように薄暗くさびれた町で、厳しい管理下に置かれた会社に勤めるサイモン・ジェームズは勤続7年になっても存在感が薄く、ろく名前も覚えてもらえない。ひそかに想いを寄せるコピー係のハナにも相手にされず、彼女が暮らす真向かいの部屋を望遠鏡から眺めるだけ。そんなある夜、望遠鏡越しにサイモンは不審な男の転落死を目撃する。
その直後、勤務先に新人が入社する。名前はジェームズ・サイモン。顔かたちも体型も、着ているものまでサイモンと同じ。だが、誰1人それに気づかず、快活で能弁でアピール上手のジェームズに魅了されていく。ハナもその1人で、サイモンにジェームズへの恋の悩みを相談する始末。皮肉なことに、サイモンの存在を唯一認識しているのはジェームズ。彼はサイモンに、得意分野に応じての適宜な替え玉作戦を持ちかける。
親切ごかしの誘いに乗って、まんまと利用されてますます窮地に追い込まれる。よくある話だが、ここでは外見も含めて他者へ示すアイデンティティが消されてしまう危機に主人公は直面する。恐ろしい展開だが、一卵性のような肉体に相反する人格の若者2人を演じるアイゼンバーグのコミカルかつペーソスあふれる演技が、えも言われぬ味を出す異色のコメディになっている。
監督はイギリスのドラマ『ハイっ、こちらIT課!』のモス役などコメディアンとしても活躍し、ミュージシャンのPV演出にも定評のあるリチャード・アイオアディ監督。長編第2作となる本作について、ゴダールの『アルファヴィル』やデヴィッド・リンチの『イレイザー・ヘッド』などを挙げているが、登場人物たちの労働風景にはテリー・ギリアムの『未来世紀ブラジル』、やたら調子のいい分身に振り回される主人公の姿には黒沢清の『ドッペルゲンガー』で役所広司が見せた怪演を思い出す。ミア・ワシコウスカ演じるヒロインが、普通の女性が醸し出す魔性を見せる。
作り込まれた世界に一層、異色の彩りを添えるのは、ジャッキー・吉川&ブルーコメッツなどのGS、坂本九の『上を向いて歩こう』といった昭和歌謡だ。絶妙なミスマッチという矛盾した表現しか思いつかない独特の雰囲気は、ニコラス・ウィンディング・レフンの『オンリー・ゴッド』で延々とタイ歌謡を聴かせるカラオケ・シーンを思い出させる。といっても本作の場合、耳に聴こえるのは日本語詞であり、何を言っているのかさっぱりわからないエキゾチズムは皆無。ある意味、余計にシュールな響きを味わえるのは日本語理解者の特典だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『嗤う分身』は11月8日より公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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