『谷川さん、詩をひとつ作ってください。』
「詩というものがどうも信用できない。自分は人を騙しているんじゃないかという意識がずっとあったんです。そういった詩に対する疑いを、自分のなかで解決していくような書き方をしてきたところがあります」
今日から公開されるドキュメンタリー映画『谷川さん、詩をひとつ作ってください。』の冒頭近くで、谷川俊太郎本人がそんなことを語っている。また、編集者の山田馨との対談をまとめた「ぼくはこうやって詩を書いてきた 谷川俊太郎、詩と人生を語る」(ナナロク社刊)では、こんな話もしている。
「詩人のなかにはそういう、実生活を全然見せない詩人っていうのもいるわけですよ。ぼくは、コイツ何で食ってんだろう、みたいに思ってしまう。ぼくは、そういうのはできなかったんですよ」
実生活に根差した詩作。浮世離れした現代詩や、時に胡散臭さすら感じさせる“詩人”的な在り方から距離を置いたそのスタンスは、詩だけに留まらない創作活動を見れば明らかだ。童謡や校歌、『鉄腕アトム』やジブリ映画『ハウルの動く城』の主題歌、五輪真弓やMISIAの歌うポピュラーソングまで膨大な歌曲の作詞を手がける一方で、和田誠や長新太と組んだ絵本の出版数もかなりの量にのぼる。翻訳の分野でも「マザー・グース」や「スヌーピー」、レオ・レオニなど、いまやクラシックと呼べる作品をいち早く紹介している。
この映画『谷川さん〜』で杉本信昭監督は、“詩人”としての谷川俊太郎にスポットを当てて、詩が生まれ落ちる瞬間をストレートに記録しようとしたという。しかし「詩が生まれる瞬間と言っても、ただパソコンのキーボードを叩いているだけだから」と本人に言われて方針を変更。谷川とまったく関係のない(と思われる)人たち──青森のイタコ、福島の女子高生、東京の農家親子、大阪の日雇い労働者、長崎の漁師夫婦の生活を追い、そこから見えてくるものを谷川の既存の詩にオーバーラップさせながら、最終的に谷川の新しい詩へと結実させていく、という演出が加えられている。
途中、「ほんとに映画としてちゃんと着地するのかな……」と不安になってしまうほど淡々としたオフビートなエピソードが続くが、それらの距離が少しずつ縮まりながら加速し、一気に“谷川語彙”で束ねられる終盤の描写はとてもスリリング。(筆者も含めて)詩というものにこれまで積極的に目を向けてこなかった人にこそ味わってほしいダイナミズムだ。「言葉で人を救う」といった大げさなことではなく、ただ寄り添って何かのきっかけを生む媒介物としての詩。“詩への疑い”が本人と作品の距離を一定に保ち、それが結果として作品の耐久性につながっていることを理解させてくれる。(…後編へ続く)(文:伊藤隆剛/ライター)
・詩人は胡散臭い!? 随一の詩人・谷川俊太郎の言葉から、詩と音楽、映画の結びつきを考えてみる/後編
『谷川さん、詩をひとつ作ってください。』は11月15日より公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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