『谷川さん、詩をひとつ作ってください。』
(…前編より続く)さて、【映画を聴く】的な本作の見どころと言えば、やはり実子の谷川賢作が音楽を担当していることだろう。1980年代半ばからプロの作曲家/編曲家として活動を開始し、市川崑監督『八つ墓村』『どら平太』など多くの映像作品に音楽を付けているほか、自身のバンド=DiVaや父親の朗読をフィーチャーしたデュオ形式でのライヴも頻繁に行なっている。そのライヴの様子は動画サイトでも見ることができるが、緩急自在なフレーズを次々に繰り出し、父親の朗読と互角に渡り合っている観があり、彼のピアノが現在の谷川俊太郎の表現活動において果たす役割は、決して小さくないことが分かる。
・詩人は胡散臭い!? 随一の詩人・谷川俊太郎の言葉から、詩と音楽、映画の結びつきを考えてみる/前編
で、本作『谷川さん、詩をひとつ作ってください。』の音楽はどうかと言うと、こちらはびっくりするくらい控えめだ。パーカッションを使ったサウンドスケッチのような音がところどころに挟み込まれたり、静謐なピアノ・ソロがエンディングに流れる程度。というのも、仮編集段階の本作を見た賢作が「この映画に音楽はいらない」と判断したそうで、本当に最小限の、わずかな抑揚を補足するに留まっているのだ。結果的に“意味のある静寂”に満たされた本作では、iPadを片手に自作を朗読する谷川俊太郎のほか、登場人物それぞれの声の存在感が研ぎ澄まされ、“はじめに言葉ありき”を地でいく作品としてまとめ上げられている。
その一方で、冒頭に引用した対談集「ぼくはこうやって詩を書いてきた」のなかに、詩人としての谷川俊太郎と音楽の関係について興味深い記述がある。これは谷川がグレン・グールドの弾くピアノ曲「モーツァルト:幻想曲ニ長調K.397」の演奏にショックを受けて書き上げた「ピアノをひくひと」という詩について交わされた山田馨との対話の一部だ。
山田「つまり音楽から生まれたんですね、この詩は?」
谷川「そうです。つまり、グレン・グールドのピアノの演奏から出てきたんです」
山田「そういう詩のでき方があるんですね?」
谷川「あー、あります、あります。すごくあります。それはつまりぼくが音楽、詩より音楽のほうが大事な人だから、音楽のなかに詩を感じるってことは、この前もほら話したじゃないですか。だから、音楽からそういう詩句が出てくることは時々あるんですよ(以下略)」
1999年の詩集「みんなやわらかい」に収められたその「ピアノをひくひと」という詩を読みながらグールドの演奏を聴いてみると、グールドのモーツァルトがいかに谷川を驚かせたかをありありと感じることができる。グールドは大のモーツァルト嫌いとして知られており、それ故にその破天荒な音楽解釈が生まれたわけだが、それは「詩より音楽のほうが大事な人だから」と自分で言ってしまえる谷川の詩作にも通じるところがある。
映画『谷川さん〜』の中心にある谷川俊太郎の言葉。その言葉を控えめに引き立てる音楽。主役は言葉だけど、実はその言葉は音楽に大きくインスパイアされている。そんな連鎖を思いながら本作を見ることで、いままで縁遠かった“詩を読む愉しみ”が、少し身近なものに感じられるようになった。(文:伊藤隆剛/ライター)
『谷川さん、詩をひとつ 作ってください。』は11月15日より公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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