「映画好き」と言われれば言われるほど、聞きづらくなるのが映画の一般常識。理解しているようでいて実はよく知らない。こっそり訊ねたら「そんなこと知らないの?」と呆れられそう。本コラムでは話題の映画ブルーレイを題材にしながら、いまさら聞けない映画の一般常識や用語についてお話していこう。
●今回のお題「スタンダードサイズ」
まずこの作品の話からしよう。ブルーレイが出たばかりの群像ミステリー喜劇『グランド・ブダペスト・ホテル』である。
ヨーロッパ随一の高級ホテル、グランド・ブダペスト・ホテルを取り仕切るグスタヴ・Hは、究極のオ・モ・テ・ナ・シを信条とする伝説のコンシェルジュだ。ところが長きにわたり懇意な間柄であった得意客マダムDが何者かに殺害され、彼女の莫大な遺産をめぐる騒動に巻き込まれてしまう。
監督は『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』『ムーンライズ・キングダム』の偉才ウェス・アンダーソン。かつての名画を思わせるような、語りの洗練と粋をたっぷり味わえる必見の映画である。面白さは語り口だけにとどまらず、とりわけ映像の画面サイズに注目されたい。
ブルーレイのバックカバーには「ビスタサイズ」とだけしか表記されないが、この映画では3つの画面サイズの映像が登場する。まず30年代の舞台を描くスタンダード・サイズ。60年代を描くシネマスコープ・サイズ。そして現代(1985年)を描くビスタサイズ。この3種類である。時間軸ごとで画面サイズを使い分けながら、錚々たる顔ぶれを操演、あの流線形型のアンダーソン節で染め上げているのだ。これはまさに映画における画面サイズの歴史でもあり、実に興味深い。
いずれも誰もが聴き慣れた画面サイズ名と思うが、正確に画面サイズのアスペクト比を答えられる方は意外と少ない。ちなみにアスペクト比とは物の大きさの長短の比率のことであり、映画では画面の縦横比を指し、縦を1とした比率で表される。
1895年12月にフランスのリュミエール兄弟がシネマトグラフを発表、翌年4月にエジソンがバイタスコープを発表して本格的な映画の歴史が始まった。20世紀初頭にかけて使用されるフィルムの幅はまちまちであったが、1909年に幅35mmのフィルムが国際規格に認定された。毎秒1フィート(30.48cm)のフィルム走行を可能にしたカメラと、人の視覚特性を考慮した映写速度との関係よって、1フィートにつき16フレームの構成となり、1フレームの高さは約18mmとなった(フレーム間の僅かな隙間を差し引いた寸法)。
1フレームの両側には4つずつ穴(パーフォレーション)が開いており、その穴のスペースを差し引いた有効画面幅は約24mmとなる。横24、縦18の比率、すなわちアスペクト比1.33:1と定められたのである。
ここまではサイレント時代の映画の話。やがてトーキーが産声を上げると、パーフォレーションと撮影画像の間に割り込まれたサウンドトラック・スペースによって、アスペクト比は1.19:1に縮小されることになった(映写速度は毎秒24フレーム、毎秒1.5フィート走行に変更)。しかし1.19:1という画面サイズは正方形に近く、非常に見づらいという問題が生じたのである。
そこで1932年、映画芸術科学アカデミーが規格を統一。上下に黒味を有した画面サイズ、横22mm、縦16mmの1.375:1(≒1.37:1)に変更、アカデミー比と命名されて翌年から施行されることとなる。
『グランド・ブダペスト・ホテル』の舞台の主要部分を占める1932年は、画面サイズ1.33:1が終焉を迎えた時代だ。ブルーレイの画面サイズを実測すると、同じくアスペクト比1.33:1を有している。映画はトーキーの幕開けとなったアカデミー比に敬意を払いつつ、サイレント映画にオマージュを捧げるかのような画面サイズ1.33:1で演出されていることに注目されたい。
これに対して現代(1985年)を描く画面サイズは、アスペクト比1.85:1を有するビスタサイズで演出されている。このビスタサイズという画面サイズに関しては、次回に別の最新ブルーレイを紹介しながらお話しすることにしよう。(文:堀切日出晴)
堀切日出晴(ほりきり・ひではる)
これまでに購入した映画ディスクの総額は軽く億を超えることから、通称は「映画番長」。映画助監督という作り手としての経歴を持ち、映画作品の本質を見抜くには、AV機器を使いこなすこと、ソフトのクォリティにも目配りすることを説く。
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