「タンゴの起源には誤解がある。ウルグアイもアルゼンチンも(自国が元祖だと)主張するが、本当はフィンランド東部が起源だ」
音楽ドミュメンタリー『白夜のタンゴ』は、アキ・カウリスマキのそんなモノローグから始まる。フィンランド映画界の重鎮であるカウリスマキの主張によると、タンゴは1850年代に現ロシア領のフィンランド東部で生まれ、1880年代に西部へ伝播。その後、船乗りたちがウルグアイ経由でアルゼンチンに広めたのだという。で、アルゼンチン人がその順序を忘れ、フィンランドがルーツであることも忘れ、自分たちがタンゴのオリジネイターであると思い込んでいることに彼は腹を立てているのだ。
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このドキュメンタリーはそのような導入部を経て、タンゴを愛するアルゼンチン人ミュージシャン3人が真相を確かめるべくフィンランドへ渡り、現地ミュージシャンたちと交流を深める様子を描いている。歌手のワルテル “チーノ” ラボルデ、ギタリストのディエゴ “ディピ” クイッコ、バンドネオン奏者のパブロ・グレコという3人は、実際にアルゼンチンで活躍する現役ミュージシャン。チーノとディピはその名もTANGO TANGOというデュオで活動を共にしており、2010年には来日公演も成功させている。
それぞれに「自分たちこそタンゴの起源」と主張するアルゼンチンとフィンランドだが、両国の現在の音楽シーンにおけるタンゴの存在感には大きな隔たりがある。アルゼンチンでは文化そのものと言っていいほど重要な位置を占めているのに対して、フィンランドでは1950〜60年代に流行した過去の音楽という存在に甘んじている。実際、劇中で3人のアルゼンチン勢はタンゴをコンテンポラリーな音楽と捉えて演奏しているが、彼らがフィンランドで出会うミュージシャンたちはトラディショナルな音楽として“再現”することを重視しているように感じられる。
この映画の主題は「タンゴ発祥の地はアルゼンチンか、フィンランドか」をはっきりさせることではない。タンゴに対する捉え方だけでなく、住む土地の気候や風俗、人々の気質もすべてが正反対のアルゼンチン人とフィンランド人が、それぞれの解釈でタンゴを演奏し、互いを理解し合おうとしている。その交感の過程を記録することに重きが置かれているのだ。地球の南端と北端をタンゴという音楽で結びつける試み、と言ってもいいだろう。終盤に登場するフィンランドの大物タンゴ歌手=レイヨ・タイパレとアルゼンチン3人組が共演するシーンには、両国のタンゴが融和してまったく新しいタンゴが誕生する瞬間を目にしているという興奮を覚えずにはいられない。ヴィヴィアン・ブルーメンシェン監督が本作に込めた意図を、もっとも端的に表している場面だ。
タンゴを扱った映像作品と言えば、1972年の映画『ラストタンゴ・イン・パリ』から2010年のドキュメンタリー『アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち』まで数多く残されているし、12月にはミュージカル『シャンテクレール ─ブエノスアイレス 愛と欲望の夜─』の日本公演も決定している。『白夜のタンゴ』はそれらの作品に共通する「タンゴ=ラテン音楽」という大前提を根底から覆すような問題を提起しておきながら、見る者に解決を急がせるようなことはしない。そういう意味で本作はとても風変わりなドキュメンタリーであると同時に、壮大なロードムーヴィーの第一幕といった雰囲気も持っている。そしてその後味は、たまらなく爽快だ。(文:伊藤隆剛/ライター)
『白夜のタンゴ』は11月22日より公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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