「映画好き」と言われれば言われるほど、聞きづらくなるのが映画の一般常識。理解しているようでいて実はよく知らない。こっそり訊ねたら「そんなこと知らないの?」と呆れられそう。本コラムでは話題の映画ブルーレイを題材にしながら、いまさら聞けない映画の一般常識や用語についてお話していこう。
●今回のお題「ビスタサイズ」
ブルーレイ『グランド・ブタベスト・ホテル』を紹介した連載第1回で、スタンダード・サイズについてお話しした。画面サイズの標準サイズだから、スタンダード。実に分かりやすい。では『グランド・ブタベスト・ホテル』で60年代を描くサイズとして使用された、ビスタ・サイズの名称はどこからきたの?
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その由来はビスタビジョンからきたものだ。ワイドスクリーン時代の幕開けを告げる20世紀フォックス社のシネマスコープに対抗して、1954年に米国パラマウント社が開発した撮影方式である。その第1作は名作『ホワイト・クリスマス』となる。
撮影には特殊なビスタビジョン・カメラを使用。35mmフィルムを横に駆動し、スタンダード・サイズの2フレーム分を横使いして1フレームの映像を撮影、現像段階で縮小しながら縦方向にプリントするというもの。スタンダード・サイズの2倍面積を使って撮影することで、画質も大幅に向上することになる。
アスペクト比(画面の縦を1とした縦横比率)は1.5:1。スタンダード・サイズ上映時よりも広角のレンズを用いて拡大、上下をマスクして映写する。パラマウントは1.85:1のアスペクト比での上映を基準と定め、その上映サイズをビスタ・サイズと称した。ただし、映画館の仕様に応じて1.5:1〜2.0:1までの上映サイズを容認、ヨーロッパ・ビスタと呼ばれる欧州上映サイズ1.66:1はその産物である。
そのビスタビジョン方式も、大掛かりな撮影に加えて製作費も高騰、ビスタビジョン撮影作品は数年のうちに消滅に至ってしまう。しかし家庭を席巻するテレビへの対抗処置として、各スタジオは横長画面サイズの作品へ移行、本格的なワイドスクリーン時代が到来する。そのためビスタビジョンの正規アスペクト比1.85:1は、ビスタ・サイズの名称と共に継承され使用されることとなる。
しかし撮影手法はかなり異なる。まず通常のカメラによってスタンダード・サイズで撮影。上映フィルムをプリントする際(または撮影、編集の段階から)、画面の上下に黒味のマスクをかける。これによって横長の1.85:1のビスタ・サイズ映像を得ることになったのだ。この手法ではフィルムの性能が向上したことも大きく貢献しており、60年代から90年代にかけての主流となったのである。
しかし近年では、最新洋画の大作・話題作をぐるり見回すと圧倒的にシネマスコープ・サイズ(2.35:1)が多く、ビスタ・サイズ作品を探すのに苦労してしまうほどだ。ようやく見つけ出したビスタ・サイズ作品の話題の大作というと、9月にブルーレイが発売された『ノア 約束の地』が挙げられよう。
これは旧約聖書に登場するノアの大洪水伝説を、大胆な解釈を絡めて彫刻したスペクタクル巨編である。大洪水で水没した世界、その大海原に箱船が漂うところから真のドラマが開幕するのだが、まずはそれまでの視聴覚スペクタクルに舌鼓を打っていただきたい。
監督はダーレン・アロノフスキー。ナタリー・ポートマンがオスカー主演女優賞を受賞したサイコスリラー『ブラック・スワン』に続く監督作となる。『ブラック・スワン』では16mmフィルム撮影を敢行、デジタルカメラ撮影が大半を占める今の映画界でフィルムの質感を追求し、そのザラついた触感で観客を魅了したのである。
本作でもフィルムの質感にこだわり、壮大な物語が35mmフィルムで収められている。画面サイズは前述の通り、アスペクト比1.85:1のビスタ・サイズ。豊かな解像感が目覚ましく、とりわけクローズアップの存在感が際立った出来映えとなっている。
ところで前述のシネマスコープ・サイズだが、どうしてシネマスコープって言うの? しかもブルーレイのバックカバーを見ると、アスペクト比が2.35:1だったり、2.40:1だったりする。これってどうして? その答えは次回。(文:堀切日出晴/オーディオ・ビジュアル評論家、オーディオ・ビジュアル・ライター)
次回は1月9日に掲載予定です。
堀切日出晴(ほりきり・ひではる)
これまでに購入した映画ディスクの総額は軽く億を超えることから、通称は「映画番長」。映画助監督という作り手としての経歴を持ち、映画作品の本質を見抜くには、AV機器を使いこなすこと、ソフトのクォリティにも目配りすることを説く。
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