独創的な監督たちから愛されるクセ者俳優
クリストフ・ヴァルツ
能ある鷹は爪を隠すものだが、その男は、ちらりちらりと絶妙に爪を光らせながら、獲物を追いつめる。2009年、『イングロリアス・バスターズ』で初めてクリストフ・ヴァルツを見たときの興奮は忘れられない。彼は第二次世界大戦中のナチス親衛隊のランダ大佐を演じていた。
笑顔を浮かべて穏やかに優雅に、邪悪さや厭味をエンターテインメントにできる人。クエンティン・タランティーノ監督によってその存在を世に広く知られたときは、すでに50歳を過ぎていたオーストリア出身のベテラン俳優は、母語のドイツ語のみならず、英語もフランス語も得意とあって、アカデミー賞助演男優賞に輝いた『イングロリアス〜』以後はあっという間に売れっ子になった。演じるのがすべて悪役や犯罪者ではないにしても、素直な善人役は1つもなし。それでいて、どれも魅力的だ。
たとえば、ロマン・ポランスキー監督の『おとなのけんか』の弁護士。仕事はできるが鼻持ちならない男の横柄さを、物を扱う仕草だけで観客に伝える。あるいは『ジャンゴ 繋がれざる者』の19世紀アメリカを行くドイツ人の賞金稼ぎ。自由で聡明、粗野な人間には理解できない美学を貫く男をこのうえなくエレガントに演じて、『イングロリアス・バスターズ』に続き2度目のオスカー助演男優賞受賞となった。
ここ数年の間、ヴァルツが演じてきた役に共通点があるとすれば、自分の能力に揺るぎない自信を持っているところだろう。ただ今回、ティム・バートン監督の『ビッグ・アイズ』で演じたウォルター・キーンは、実は能がないという新機軸。もちろん、彼が演じるのだから、ただ無能な男ではない。巧みな話術で人々を魅了し、信用させる。ただ、彼自身が“なりたい自分=画家”になれない。絵が描けないのだ。そこで、才能はあるが世間知らずのシングルマザーを妻に迎え、彼女の作品を自分が描いたと偽って世に出し、大ブームを巻き起こす。だが、夫に言いくるめられていた妻がやがて真実を公表し……という顛末は1950年代から60年代にかけて、アメリカで実際に起きた騒動だ。
他人ばかりか自分さえも欺こうとするウォルターの必死さは、昨年日本で起きたゴーストライター騒動を想起させる不様な可笑しさがある。『恋人たちのパレード』で演じたサーカスの団長がちょっと近いかもしれない。ウォルター同様、一座の花形である妻を支配し、自分の持つ権力を目一杯ふりかざす。
それにしても、なんと生々しい演技だろう。空疎な自分という真実を見ないふりをして悪あがきする惨めさを、つまらない男のつまらなさをつぶさに形にする。ヴァルツは人をよく見ているのだと思う。その洞察力と容赦ない表現力には驚嘆するばかりだ。タランティーノをはじめポランスキー、ミシェル・ゴンドリー、そしてティム・バートンといった群を抜いて独創的な監督たちから愛されるのも当然だ。
今後は『007』シリーズの最新作『Spectre(原題)』に“重要な役”での出演が決定している。現時点では詳細は不明だが、サム・メンデス監督の下でどんな表情を見せてくれるのか、期待が募る。また、公開が待たれていたテリー・ギリアム監督の『ゼロの未来』(13年)の日本公開も5月に決定した。奇才監督の思い描く世界を体現する、名優ヴァルツの活躍には今後も目が離せない。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ビッグ・アイズ』は1月23日より公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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