いよいよ今日から公開される小林聖太郎監督『マエストロ!』は、さそうあきらのコミックが原作。原作を読んだことがなく、松坂桃李とmiwa、西田敏行らの顔が踊るポスターのビジュアルだけを見ると、オールスターキャストのドタバタコメディだろうと予想する人がけっこういるかもしれない。しかし本作は、オーケストラの楽団員たち1人ひとりの立場や音楽的な役割、指揮者vs.オーケストラという構図を明らかにしながら、演奏会の本番へ向けてチームが集束していく様子を描いた、正統的な音楽映画に仕上がっている。
主人公は、若くして名門オケのコンサートマスター(コンマス)に抜擢された経歴を持つヴァイオリニスト、香坂(松坂桃李)。不況のあおりでオケは解散を余儀なくされたが、彼のもとに突然、オケ再結成の話が舞い込む。しかし練習場はボロボロの廃工場、メンバーは再就職先の決まっていなかった“負け組”楽団員や、アマチュアのフルート奏者(miwa)。しかも再結成の話を持ち出した張本人である指揮者は、どこの誰かも分からない謎のオヤジ。タクトの代わりに大工道具を振り回す粗暴でワンマンなこの指揮者に楽団員は反発を強めるが……。
このあらすじだけを見ると、『マエストロ!』はよくある熱血系ヒューマンドラマの典型に思える。最後は指揮者とオケが固い絆で結ばれて、感動的な演奏を聴かせてハッピーエンドでしょ、と想像してしまうが、単純にそういう感じではない。ディティールを積み重ねることで物語には十分な説得力が持たされているし、音楽そのものへの取組みも綿密で丁寧だ。
指揮指導は日本を代表するマエストロ、佐渡裕が担当。劇中で流れるベートーヴェン:交響曲第5番「運命」やシューベルト:交響曲第7番「未完成」は、佐渡裕指揮/ベルリン・ドイツ交響楽団の演奏によるもの。さらにエンディングテーマにはピアニストの辻井伸行によるオリジナル曲が用意されている。細かいところで言えば、松坂桃李の演じる香坂の自宅には、アメリカの老舗ブランド、マッキントッシュのオーディオセットが置かれていたりもする。とにかく映像と音の隅々にまで手が行き届いていて、スタッフのクラシック音楽に対する愛情が横溢している。(…後編へ続く)(文:伊藤隆剛/ライター)
『マエストロ!』は1月31日より公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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