『チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密』
原点回帰か? ジョニー・デップの最新作『チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密』を見て最初に思い浮かんだ感想だ。不謹慎な悪ふざけを連発するアドベンチャー系コメディの本作からは、『クライ・ベイビー』など初期の主演作に通じる、万人受けを狙わないズレたユーモアへの挑戦が見てとれる。
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主人公のチャーリー・モルデカイはイギリス貴族にして美術商。妻には不評の口ヒゲに異様に執着し、豪邸で優雅に暮らしているが、実は財政事情は苦しい。そんなある日、学生時代の友人でもあるMI5の警部補が訪ねてきて、修復中に盗まれたゴヤの名画の捜索を依頼する。実は名画には秘密の情報が隠されていた。かくして高額の報酬につられたモルデカイは、主人に絶対服従で腕っぷしが強くて女性にモテる用心棒と一緒に各地を飛び回り、名画の行方を追う。
髪をブロンドに染めた見栄っぱりでナルシストだが、歯並びはイマイチ。そんな詰めの甘いモルデカイを往年のコメディ俳優、テリー・トーマスを参考に演じたデップだが、揶揄を込めた渾身の役作りはあまりにも完ぺきで、モルデカイはとにかくウザい。隠してもにじみ出るはずの二枚目俳優のオーラもシャットアウトして、本当に自分大好きの田舎紳士になっているのには恐れ入る。役に自分を引き寄せる。これこそ、彼が本当に目指していることなのではないか。
70年代に発表されたユーモア・スパイ冒険小説のシリーズ作の第1作目の映画化で、監督はデヴィッド・コープ。ハリウッド大作の脚本の共同執筆を数多く手がけ、『ジュラシック・パーク』、『ミッション・インポッシブル』、サム・ライミ監督の『スパイダーマン』、『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』などにクレジットされている彼は現在、アメリカで最も興行的に成功している脚本家のベスト5に入っている。
だが、監督となると明快な作風から一転、かなりひねったものばかり。デップと組んだ前作『シークレット ウィンドウ』は公私共に追い込まれた人気作家の物語だが、主人公は単純な巻き込まれ型ではなく、どこか奇妙で、観客が素直に共感できるタイプではない。まぬけであり、同時に得体の知れない風体はモルデカイにも通じる。
ちなみにコープとデップは生年月日が全く同じ(1963年6月9日)。だからというわけでもないだろうが、ドカンと爆笑させるツボをあえて外し、微妙な空気を作り出すのを好むセンスは2人に共通するものだ。デップと妻役のグウィネス・パルトロウがイギリス貴族を演じ、ジェイソン・ステイサムあたりがやりそうな役をポール・ベタニーが、愚鈍な警部補をユアン・マクレガーが演じるというキャスティングからして、ただの豪華スター共演作に収めたくなかったことはうかがえる。
そもそも、デップはハリウッド主流派の俳優ではなかった。日本では『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズが大ヒットするまで映画好き以外に知名度は低く、一般誌の編集者に好きな俳優を聞かれて名前を挙げても「誰ですか?」と言われるほどだった。過去10年間、メジャーなファミリー向け映画でも彼らしい乾いたユーモアを見せていたが、自身が製作を務めた今回はその独特なセンスを全開にしてきた。
ドタバタあり、毒舌あり、下ネタあり。キツいブラック・ユーモアを好む変わり者(でも心は優しい)、ジョニー・デップが戻ってきた。個人的に、これはとても喜ばしい。(文:冨永由紀/映画ライター)
『チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密』は2月6日より公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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