『山田孝之の東京都北区赤羽』
(…前編より続く)このところ金曜日の夜になると、どうもソワソワしてしまう。「また、あの不思議な世界に引き込まれる時がやってくる……」と。テレビ東京系で放送中の『山田孝之の東京都北区赤羽』のことだ。初回を見たときはお茶の間で笑い転げつつ、動揺を抑えきれなかった。なんなんだ、これは? 私はいったい何を見せられているんだ……? タイトルを知った時から、なんだ、これ?と思っていたが、番組の中身を見るとさらに頭の中は笑いと疑問符だらけでパニックとなった。
・山田孝之に翻弄される週末(前編)/役どころだから自害するってマジ!?
公式発表などからザックリとこの番組を説明すると、映画監督である山下敦弘の『己斬り』という作品の撮影中に、役と自己を切り離すことができなくなった俳優・山田孝之の苦悩する姿を捉えた“ドキュメンタリードラマ”ということだ。
『己斬り』で自害する浪人役を演じていた山田孝之は「真剣を用意するか、(自害しない方向に)タイトルと結末を変えるか」と山下監督に要求、山下監督は困り果てて撮影は中止となってしまう。自害する役どころだから自分も真剣で斬らなきゃだなんて、そんな無茶な!? 正気なのか? 信じられない状況と、なんとも間抜けな監督とのやりとりに笑いがこぼれてしまう。
そうそう、なぜ“東京都北区赤羽”なのかというと、苦悩する山田孝之は赤羽に実在する人々を描いた実録コメディ漫画「ウヒョッ!東京都北区赤羽」にやたらと感銘を受け、僕も赤羽に移り住む!となるのだ。俳優という職業柄、どんな役にでもなれるように自分自身は空っぽになるようにしていたが、今は自己を確立したいと思うようになった山田はこの漫画を読み、赤羽にはなんと自分をしっかり持った個性的な人たちのいることか!と衝撃を受けたというわけだ。
断っておくが、この漫画は感動作でもなんでもなく、個性的というかキテレツな赤羽住人の奇行を面白おかしく紹介する、いい意味でばかばかしい作品だ。苦悩し、迷走する人間は他愛ないものにこそ、心打たれるのはありがちなこと。その姿を客観的に見ると滑稽でこれまた笑いを誘う。そして、山田は意気揚々と赤羽に行ったら行ったで、マネージャーには睨まれ、赤羽のおっちゃんには考えが甘いと怒られ、空を見つめて涙目になることに。もう、そのざまには大爆笑。マジか!? 純粋過ぎるぞ、山田孝之! いや、しかし、ほんとのところ、どこまでマジなんだ? これは“ドキュメンタリー”ではなく、“ドキュメタリードラマ”であり、番組のそこかしこに作りこんだ匂いは感じ取れる。しかし、まるっきり嘘くさいわけではなく、どこかで「全部、真実だったりして……」と期待を抱かせてくれる。それはなんといっても山田孝之の力が大きい。演技力もさることながら、彼はいい意味でもそうでない意味でも純粋さが感じられる俳優だからだ。(…後編へ続く)(文:入江奈々/ライター)
『山田孝之の東京都北区赤羽』はテレビ東京ほかにて放映中。
入江奈々(いりえ・なな)
1968年5月12日生まれ。兵庫県神戸市出身。都内録音スタジオの映像制作部にて演出助手を経験したのち、出版業界に転身。レンタルビデオ業界誌編集部を経て、フリーランスのライター兼編集者に。さまざまな雑誌や書籍、Webサイトに携わり、映画をメインに幅広い分野で活躍中。
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