得体の知れない不気味さで
存在感を放つスティーヴ・カレル
今年のアカデミー賞授賞式でのジョン・トラヴォルタの挙動がネットで叩かれるという事態が起きた。レッド・カーペットでスカーレット・ヨハンソンに抱きついてキスしたり、一緒にプレゼンターをつとめたイディナ・メンゼルの顔をさわりまくったり、過剰なスキンシップが「気色悪い(creepy)」というのだが、身の毛もよだつような不気味さも表すこの「creepy」という形容詞がもっとふさわしいキャラクターがほかにいた。主演男優賞候補のスティーヴ・カレルが演じた『フォックスキャッチャー』の主役、ジョン・デュポンだ。
・衝撃事件をもとにした『フォックスキャッチャー』事件の背景を知る日本人が裏側を語った
大財閥デュポン家の御曹司が1996年にオリンピックの金メダリストを射殺したショッキングな実話の背景を描く作品は、私財を投じてレスリング・チームを作り、ソウル・オリンピックでの世界制覇という栄光を目指すところからスタートする。かつて大人気を博した『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』や『情熱大陸』などの格好の題材になりそうだが、どうも様子がおかしい。やたら気前よく選手育成の環境を整えるジョンが、どうしようもなく不気味なのだ。とてもスポーツマンとは言い難い貧弱な肉体で普段は物静かなのに、的外れなレスリング指導をしたり、突然発砲したり、現場に混乱をもたらす。そして、チームの中心的存在で84年のロサンゼルス・オリンピックで金メダルに輝いたシュルツ兄弟とジョンの関係にも歪みが生じ、事態はゆっくりと悲劇へと向かっていく。
スティーヴ・カレルといえば、まず最初に浮かぶのは『40歳の童貞男』(05年)。脚本と製作総指揮もつとめた同作ではタイトルそのままに、いい歳をして女性を崇高するあまり縁がなかった主人公を演じている。翌年の『リトル・ミス・サンシャイン』ではゲイで自殺未遂騒ぎを起こしたばかりのフランス文学者。人によっては「気色悪い」とバッサリ切り捨ててしまいそうな役柄だが、クセがなく普通っぽい、インテリ風な容姿はむしろ観客の共感を誘う。そんなタイプのカレルが『フォックスキャッチャー』ではおなじみの表情を封印し、底知れぬ闇と何を以てしても満たされない空虚を抱えたモンスターを怪演している。
冴えない中年男の再生を演じた『ラブ・アゲイン』(11年)、キーラ・ナイトレイと共演の『エンド・オブ・ザ・ワールド』(13年)など、カレルの演じる役は、どこにいてもちょっと場違いという雰囲気がある。そしてむしろ、その場違いなところこそが居場所でもある。だが『フォックスキャッチャー』で演じるのは、場違いではない居心地のいい場所で自らの帝国を築く独裁者だ。これは『31年目の夫婦げんか』(12年)で演じた結婚カウンセリングの博士に近いかも。ここではメリル・ストリープとトミー・リー・ジョーンズという役者として圧の強い2人に対し、相手を自分の領域に引き込み、上から目線で噛んで含めるように夫婦生活復活法を伝授するなんて離れ技もやってのけていた。だが、ジョン・デュポンの場合は、自らの帝国で権力をふりかざして1つ何かを征服するたびに欠乏感が増す。なりたいものになれない、欲しいものが手に入らない、そんな状況を理解できないのか現実から目を逸らしているのか。名家の跡取りという誇りと抑圧にあえぐ一面をのぞかせながら、決して赦されない男の得体の知れない不気味さをカレルは演じ切った。
アカデミー賞は『博士と彼女のセオリー』のエディ・レッドメインに譲ったが、個人的には、呼吸するのも忘れそうなくらい息詰まる緊張感を与え続けたカレルの名演を讃えたい。
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