【週末シネマ】日本の観客はツッコミながら楽しめる! ブラッド・ピット主演『ブレット・トレイン』
伊坂幸太郎の原作を自由に派手に脚色
【週末シネマ】伊坂幸太郎の小説「マリアビートル」をハリウッドが映画化し、ブラッド・ピットが主演を務める『ブレット・トレイン』。あらすじは原作に沿っているが、かなり自由に派手に脚色し、バイオレンスとコメディ要素が強めのミステリー・アクション作だ。
・『ブレット・トレイン』真田広之はさらなる高みへ、55年のキャリアを振り返る
ブラッド・ピットが演じるレディバグは引退も考え始めたベテランの殺し屋で、東京から京都へ向かう超高速列車(ブレット・トレイン)“ゆかり号”に乗る2人組が持つブリーフケースを盗む「簡単な仕事」を請け負う。難なく目的のものを手に入れて次の駅で降りようとしたが、“世界一運の悪い”レディバグは思わぬ事態に巻き込まれ、次々現れる殺し屋たちと戦うはめになる。
一刻も早く列車から降りたいのに、殺し屋コンビのタンジェリンとレモンとのブリーフケースをめぐる攻防に加えて、見覚えのない相手や、息子を人質にとられた日本人の殺し屋キムラとプリンスと名乗る一見無害な女子学生までもが、レディバグの行く手を阻み、事をさらに荒立てる。列車に乗り合わせた殺し屋たちは本人たちも知らないところで互いの関係がリンクしているという展開だ。
若き日のタランティーノやガイ・リッチーを彷彿させるポップな作風
監督のデヴィッド・リーチは『ファイトクラブ』(99年)などでピットのスタントダブルを務めた後に監督に転身、『ジョン・ウィック』(14年)をチャド・スタエルスキと共同監督した後に単独監督作としてシャーリーズ・セロン主演の『アトミック・ブロンド』(17年)や『デッドプール2』(18年)などを手がけている。
本作でもアクションに対する思い入れはたっぷりで、人間同士がぶつかり合う格闘シーンのバリエーションが豊富だ。車両が変わるたびに新たな敵が現れて、銃やナイフはもちろん、ノート型コンピュータから飲料水のボトルまで手にしたもの全てを武器にバトルを繰り広げる。原作が持つダーク・ユーモアのトーンをブラックライトで照らして見せるようなポップなスタイルには、クエンティン・タランティーノやガイ・リッチーの若い頃を思い出す。
日本の誇張された描写に違和感なし
舞台は一応日本だが、物語自体がリアルな世界からかけ離れているので、誇張された描写にもそれほど違和感はない。むしろ時折、妙に現実的なディテールが差し込まれて不思議なリアリティがある。役名は原作を踏まえて、天道虫はレディバグ、蜜柑と檸檬はタンジェリンとレモン、王子はプリンス。縦を横にしただけなので、日本語の語感やニュアンスとは違ってくるが、人種も性別もさまざまになり、言葉も話せない国での奮闘という設定も列車内という限られた空間に収めると無理なく形になる。
ピットと監督の関係は、ピットがアカデミー助演男優賞を受賞したタランティーノ作品『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(19年)を地で行くものだが、互いの呼吸を知り尽くした2人が楽しんで撮っているのが手に取るように伝わってくる。その楽しさはタンジェリンとレモンを演じたアーロン・テイラー=ジョンソンとブライアン・タイリー・ヘンリーにも伝播し、イギリス人殺し屋コンビのやり取りは笑いを誘う。ジョーイ・キングが演じるプリンスは『キル・ビルVol.1』(03年)のGOGO夕張がインスピレーションにも思える。
立ち回りも鮮やかに真田広之が登場
そして、それまでの空気を一新させるのは真田広之が演じるエルダーだ。静かな物腰から豹変しての立ち回りの鮮やかさ、示唆に満ちた言葉の数々は、アクションとドラマを両立させる俳優ならではの説得力だ。
本作の上映時間129分は、新幹線のぞみ号の東京・京都間の所要時間(約130分前後)に合わせたのだろうか。キャストは瞬きしたら見逃す秒単位のカメオを含めて豪華だが、2時間超の中で原作では主人公のキムラを演じたアンドリュー・小路や鬼面をつけた裏社会の大物ホワイト・デス役のマイケル・シャノン、そして『フューリー』(14年)でピットと共演したローガン・ラーマンといった俳優たちの魅力を活かしきれていないのはもったいない。
とはいえ、パンデミックの最中に撮影された本作は重苦しい現実からの束の間の逃避を全力で目指したサービス精神にあふれ、特に日本の観客はツッコミながら楽しめるおまけ付きのエンターテインメントだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ブレット・トレイン』は、2022年9月1日より全国公開中。
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