ベネディクト・カンバーバッチ
個性的な顔、落着いて心地よい響きの声、シャーロック・ホームズという当たり役を持ちつつ、出演作ごとに違う表情を作り出す演技力。『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』(公開中)でアカデミー賞主演男優賞候補となったベネディクト・カンバーバッチは、本格的なハリウッド進出後も快進撃を続けている。
・ベネディクト・カンバーバッチが人種差別用語使用で謝罪「自分の愚かさについて弁解できない」
『イミテーション・ゲーム〜』で演じているのは、第二次世界大戦中、ドイツ軍の暗号機「エニグマ」の解読に成功した数学者のアラン・チューリング。暗号解読を実現し、連合軍の勝利に貢献した功績がありながら、過酷な運命をたどった実在の人物だ。
ずば抜けた才能に恵まれる一方で、他人の気持ちをまったく汲み取れない孤高の天才。周囲の人間は彼に振り回され続け、それでも研究を助けるべく必死に食らいついていく。この状況はカンバーバッチをスーパースターの座に押し上げたTVシリーズ『SHERLOCK』ともそっくり。「ウィキリークス」の創始者、ジュリアン・アサンジを演じた『フィフス・エステート/世界から狙われた男』もそうだった。カンバーバッチには孤独なカリスマがよく似合う。信じてついていきたい気にさせる、鬼才の愛嬌を見せるのが実に巧い。だが、そういう役が続いても、不思議に既視感を覚えさせない。型で演じているのではないからだろう。似通っていても、それぞれの違う背景、心情を表現しているから、毎回異なる世界が生まれる。
冷徹で頭脳明晰な男ばかりではなく、凡庸な男を演じても、シニカルさの欠片もない誠実な男を演じても無理がない。逆説的だが、その演技力はユニークな外見ゆえに磨かれたものではないかと思う。以前から数々の大作に出演していたが、変に目立つことはなかった。フィルモグラフィーを見て、あの作品に出ていた?と一瞬考え込むが、彼の演じたキャラクターは確かに記憶にある。彼は外見ではなく、内面を変えるカメレオン俳優なのだ。
それにしても、こんなにサービス精神のあるスターはいるだろうか。出演作のプロモーションで来日する時、海外で取材を受ける時、あるいは映画賞授賞式のレッド・カーペットで、ユーモアたっぷりに楽しませる。作品については真面目に、豊かな語彙でしっかり語る。得意とする役どころとはむしろ正反対の、知性あふれるエンターテイナーだ。
率直な発言が物議を醸すこともある。最近では、イギリスの映画演劇界事情を語る際に「有色人種(Coloured)」という表現を用いたことで非難を浴びた。しかし、彼自身が批判の的になることで、最も伝えたかった「イギリスでは白人俳優が優遇されている」というメッセージも広まった。もちろん本人にそんな炎上商法めいた意図はなかっただろう。言葉の選び方については本人も反省と謝罪を表明している。そこから汲み取れるのは、直ちに自らの非を認める誠実さと、世間の善意を信じる姿勢だ。自分の意見を押し通すだけではなく、他者を尊重する。柔軟な精神と深い洞察力で彼が造り上げるキャラクターは、だからこそ常に豊かで複雑で、魅力的なのだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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