(…前編より続く)
音楽映画としての『JIMI:栄光への軌跡』は、まったくもって不思議な作品だ。音楽家であるジミ・ヘンドリックスを扱っていながら、彼のオリジナル曲や彼の演奏によるカヴァー曲はいっさい使われない。「Purple Haze(紫のけむり)」も「Foxy Lady」も「The Wind Cries Mary(風の中のマリー)」も。これはジミの楽曲を管理する財団“エクスペリエンス・ヘンドリックス”が、ジミ本人の楽曲の使用を許可しなかったからだという。
・【映画を聴く】ジミヘン本人の音源が使われない変則的伝記映画『JIMI:栄光への軌跡』/前編
だからと言って本作が音楽映画としてつまらないかと言うと、そういうわけではない。スターダムにのし上がる直前の姿を描くという設定も手伝い、劇中で使用されるのは彼がオリジナル・アルバム発表前にカヴァーしていた他人の曲がほとんどで、それらの多くは断片的に演奏されるに留まっている。しかしそこから聴こえてくるジミのギターのフレーズが、どれも朝露のごとくフレッシュに光り輝いているのだ。ジミを演じるアンドレ・ベンジャミンは、アンドレ3000としてヒップホップ・デュオ=アウトキャストに在籍するミュージシャンにして数々の映画に出演している役者だが、この役を演じるためにギターを猛特訓。“左利きなのに、右利き用ギターを逆さまに構えて弾く”というジミの独特なスタイルを完全に我が物にしている(実際に使われている演奏は、セッションギタリストのワディ・ワクテルが弾いたもの)。
音楽シーンのクライマックスは、何と言っても1967年6月のロンドン・サヴィル・シアターで演奏される「Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band」だ。断片的に演奏される曲が多いなかで、この曲は完奏される。いまや誰もが知るビートルズの同名アルバムの1曲目に収録されたドライヴ感に溢れたロック・ナンバーだが、このアルバムが発売されたわずか3日後に行なわれたこのライヴで、ジミはこの曲をいち早く演奏。客席にいたポール・マッカートニーやジョージ・ハリスンも含め、すべての観客の度肝を抜いたという伝説の瞬間を再現している。ジミ本人が憑依したかのようなアンドレ・ベンジャミンのパフォーマンスはとにかく素晴らしく、本人による歌声も限りなくジミに近い。ジミの楽曲がまったく使えないというハンデを逆手に取り、この超有名曲をクライマックスに持ってくるあたりに、さすがは『それでも夜は明ける』の脚本を手がけた人だと妙に感心してしまった。
この映画がすでに公開されているイギリスのニュース記事を見ると、ジミのロンドン時代の恋人で、劇中にも重要人物として登場するキャシー・エッチンガムさんが、本作の一部の描写について「事実と違う」とあからさまに批判している。曰く「ジミは私に乱暴するような人ではなかった」と。しかし1970年の死後、45年が経過していることを考えれば、ジミはすでに“歴史上の人物”だ。そのエピソードがドラマチックに飾り立てられるのはある程度仕方がないことだし、音楽家や芸術家の伝記映画では、たいてい“作品と作者のつながり”を解明することが命題になるのも確か。音楽家で言えば、近くビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンの伝記映画『Love & Mercy』が公開される予定だが、こちらは主人公が存命であるだけに、さらに賛否両論を呼ぶことが予想される。(文:伊藤隆剛/ライター)
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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