(…前編より続く)
そんなドキュメンタリー映画『あっちゃん』の見どころは、大きく言って2つある。ひとつ目は何と言っても、あっちゃんことイノウエアツシの誰もが吸い寄せられてしまうような人柄をリアルに感じられる点。30年以上のキャリアを持ちつつ、オリジナルメンバーとして残っているのはアツシだけ、という現状をファンでない人が見れば、ニューロティカ=アツシのワンマン・バンドなんだと思うに違いない。しかし歴代メンバーたちの証言から浮かび上がってくるのは、フロントマンでありながらバンドにエゴを持ち込まないアツシの人間性だ。
・【音楽を聴く】お菓子屋の若旦那にしてパンクバンドのヴォーカル。ニューロティカ・フロントマンに迫るドキュメンタリー/前編
旧メンバーのJACKieや修豚、現メンバーのカタルやナボに音楽的なことは任せて、自分は与えられた役を演じるだけ。それはステージでのピエロの格好そのものと言っていいかもしれない。その姿にニューロティカという屋号を意地でも守り通すといった気概はいっさい感じられないし、「どうして30年もバンドを続けてきたんですか?」という問いにも「よく分からない」と答える。持ち前のリーダーシップとかカリスマ性でぐいぐい引っ張っていくタイプとは真逆ながら、これもまたバンドのフロントマンとしてのひとつの在り方だと感心させられる。
もうひとつの見どころは、“音楽(=好きなこと)だけでは食っていけない”と言われて久しい現代を生きていくための、現実的なヒントが多々示されている点だ。メジャーを離れたあと、ニューロティカは事務所には所属せず、バンドそのものを会社として法人化していた時期があったという。本作中でも大槻ケンヂがその方法論に当時驚かされたことを語っているが、それはアツシの「メンバーが音楽だけで食っていけるような状況を作りたい」という思いから実現したものだったという。
そんなアツシ本人は実家の菓子店「ふじや」との二足のわらじをずっと続けており、これはこれで各人が複数の職業を持つ“複業の時代”を先取りしたものと思えたりもする。仕入れや店内の陳列も完璧で、商品は手袋をはめて扱う。ライヴでは自分に与えられた役割をきっちりこなし、あくまでも“ピエロ”に徹する。本作でのアツシの姿を見ていると、この人だったらどんな時代でも逞しく生きていけるだろうなぁ……と感じないではいられない。
とか何とか言いながら最終的に本作で一番心に残るのは、やはりアツシとお母さんの強い絆だ。言葉にしなくても通じ合っている“自慢の息子”と“放っておけない母親”の関係性を見れば、アツシが「ふじや」を閉めずにバンドを続けている理由がおのずと理解できる。もしかしたらアツシ本人は、ニューロティカでのピエロの自分と「ふじや」の若旦那としての自分はまったく別のペルソナと割り切っているかもしれない。でも本作を見ると、ニューロティカの音楽がいままでとは少し違って感じで聴こえてくる。(文:伊藤隆剛/ライター)
『あっちゃん』は4月18日より公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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