今年のアカデミー賞で作品賞、監督賞など最多4部門を受賞した『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』は、主演のマイケル・キートンにとって、久々に大注目を浴びるきっかけとなった。
・『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』マイケル・キートン インタビュー
大ヒットしたアクション映画シリーズのヒーロー、バードマン役で人気を博したものの、ハリウッドの喧騒に嫌気がさして降板。その後、続く低迷からの脱却を目指してブロードウェイの舞台に立とうとしている。これが『バードマン〜』の主人公、リーガン・トムソンの経歴だが、ほとんどキートンの自伝を脚色したのかと思うような内容だ。
キートンといえば、ティム・バートン監督の『バットマン』シリーズのブルース・ウェイン=バットマンだ。89年の『バットマン』、92年の『バットマン・リターンズ』で主役をつとめたが、バートンの監督降板を受けて、キートンもヒーロー役から解放される道を選んだ。
リーガンと違うのは、その後の彼は『バットマン』のような桁外れなヒット作はなかったとはいえ、ケネス・ブラナー監督がシェイクスピア戯曲を映画化した『から騒ぎ』やクエンティン・タランティーノの『ジャッキー・ブラウン』、あるいは声優として宮崎駿監督の『紅の豚』の英語版吹き替えで主役を、『トイ・ストーリー3』ではバービー人形の彼氏・ケンを担当するなど、堅実な活躍を続けてきたことだ。2008年には『クリミナル・サイト〜運命の暗殺者』で監督・主演をこなし、サンダンス映画祭で高い評価も得ている。最近では昨年の『ロボコップ』で演じた敵役も印象深い。だから、リーガンと重ね合わせての大復活みたいに言われるのは、本人にしてみればおかしな話だろう。
個人的にはブルース・ウェインの前年にバートン監督と最初に組んだ『ビートルジュース』が印象深い。人間退治が業務のフリーランスの“バイオ・エクソシスト”を白塗りのハイテンションで演じた。『バットマン』のジョーカーにも通じる雰囲気だが、眼光の鋭さやコミカルもシリアスもしっかり決める演技力は、そのジョーカーを演じたジャック・ニコルソンとも共通する。インタビューで私生活をつまびらかにしない点もだ。
『バードマン』の一場面を引きながら、キートンは「裸でタイムズスクエアを走り抜けるのは全然平気だが、他人に自分のことを知ってほしくない」と言う。ただ、ニコルソンは公の場では “素顔のジャック・ニコルソン”も完ぺきに演じてみせるが、キートンはそこまで肚をくくれないという差はある。だから、今年のゴールデン・グローブ賞の映画部門で主演男優賞に輝いた際の受賞スピーチでは、一役者としての真摯な姿勢が素直に現れた。謙虚で心優しい素顔に、彼がリーガンとは全く違う役者であり、父親であり、人間であることが見てとれた。63歳にして、役者としての真価を改めて見せたキートンのさらなる活躍を楽しみにしたい。(文:冨永由紀/映画ライター)
『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』は現在公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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