『サンドラの週末』
マリオン・コティヤールはハリウッド映画に出るとき、ミステリアスな美女役ばかりだが、フランス語圏の映画ではグラマラスとは程遠いヒロインをすっぴんで演じることも厭わない。その熱演でアカデミー賞主演女優賞候補にもなった『サンドラの週末』は、ベルギーのダルデンヌ兄弟の最新作だ。
彼女が演じる主人公・サンドラは工場に勤めている。レストランで働く夫と小さな子ども2人と暮らす彼女は、体調不良で休職していた。ところが、ようやく復職を果たしたと思った矢先に解雇を言い渡される。社員へのボーナス支給のために1人解雇する必要があるというのが理由だ。この決定を覆すには、16人の同僚の過半数がボーナスを諦めなければならない。金曜の終業時に宣告されたサンドラは、週末に同僚宅を1軒ずつ訪ねては彼らの説得にあたる。
このヒロインに共感するか、しないか。裕福とは言えないが、理解ある働き者の優しい夫と可愛い子どもたちがいる。そんな彼女が訪問する同僚たちの方がよっぽど厳しい事情を抱えていたりする。そこで「自分のためにボーナスを諦めてくれ」と頼めるのか? 勤勉な日本人なら、なおさらサンドラに手放しで共感するのは難しい。
もちろんサンドラ自身、後ろめたさに苛まれて針のむしろに座る気持ちでいる。味方になってくれる同僚や夫に激励されて、土曜と日曜が過ぎていく。誰もが苦しい生活を送っている。ボーナス返上はできないときっぱり宣言する者、理解を示す者、会うことさえ拒む者。彼らとサンドラのやりとりはあまりにも真に迫っていて、芝居であることを忘れてしまいそうだ。サンドラが強い意志を持つ女性ではなく、簡単に心が折れてしまう様子もまたリアルだ。そして、弱い人間が、弱いまま生きていくために自らを奮い立たせるという矛盾をはらんだ姿に心が震えない人はいないだろう。
人は1人では生きられない、というか、1人では生きていない。存在するだけで、他人の人生に影響を与えているということを、こういう形で描いてみせたとは。『ロゼッタ』と『ある子ども』でカンヌ国際映画祭最高賞のパルム・ドールを2度受賞しているダルデンヌ兄弟は、常に社会の片隅で必死に生きる人々を描き続けてきた。切羽詰まった女1人の週末を通して、社会の縮図が見えてくる。立派な人間ではないかもしれないが、自分が他人に与える影響、他人から自分が受ける影響を意識し、変わっていくヒロインの姿は感動的だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『サンドラの週末』は5月23日より公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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