喜劇の神様、チャールズ・チャップリンの遺体誘拐という実際に起きた事件を基にしたフランス映画『チャップリンからの贈りもの』が公開されている。実話ベースではあるが、あくまでもベースだけ。ファンタジーやスラップスティック・コメディの要素をふんだんに散りばめた、チャップリン本人の作品群にも通じる清々しい人間讃歌に仕上がっている。
チャップリンの遺体誘拐、これは1977年12月25日に88歳で亡くなった“喜劇王”の遺体が、約2ヵ月後の3月2日、墓荒らしによって棺ごと盗み出された事件のこと。犯人はポーランド人のロマン・ワルダスとブルガリア人のガンチョ・ガネフという2人組。チャップリンの巨額の遺産を目的とした“誘拐事件”で、遺族に対して電話で身代金を要求するなどしたが、実娘で女優のジェラルディンによる巧みな演技で会話が引き延ばされ、逆探知に成功。2人は捕まり、棺は墓地からそう遠くないスイス・レマン湖近くのトウモロコシ畑で発見された。身代金で自動車修理工場を建てるつもりだったという。
本作では2人組の人物設定や犯行の動機、ロケーションなどに細かくアレンジが加えられ、実際とは異なる“結末”が用意されている。すべての根底にあるのはグザヴィエ・ボーヴォワ監督らスタッフの並々ならぬ“チャップリン愛”だ。「チャップリン自身がこの事件を映画にするならどう描いただろう?」「チャップリンが映画で演じた“小さな放浪者”だったら、こんな2人にどう接しただろう?」といった素直な視点が貫かれた脚本に感じ入るものがあったのだろう。なかなかこの手の企画にゴーサインを出さないというチャップリンの複数の遺族が揃って映画化を快諾。屋敷や墓地をロケ地として提供するだけでなく、息子のユージーン・チャップリンと孫娘のドロレス・チャップリンがそれぞれサーカスの支配人と娘の役で出演までしている。
ロマン&ガンチョ改め、エディ&オスマンの2人組は、チャップリンが映画で演じる多くのキャラクターと同様に貧しく、移民ゆえに社会的に“小さき者”とされている。オスマンが娘と暮らすボロ屋や、エディが道化として働くことになるサーカスなど、本作では登場人物や場面の設定、演出などにおいて、チャップリンの『ライムライト』や『サーカス』、『モダン・タイムス』などを思わせるオマージュがいくつも盛り込まれている。ここぞというシーンでシネマスコープの画角がチャップリン時代と同じスタンダードサイズに切り替わったり、とにかく芸が細かい。チャップリン映画を好きな人ほどツボを刺激されまくること必至だ。そしてその凝った映像世界をさらに引き立てているのが、ミシェル・ルグランによる音楽である。(後編へ続く…)(文:伊藤隆剛/ライター)
・【映画を聴く】83歳巨匠、ミシェル・ルグランのエネルギッシュな映画音楽に感服『チャップリンからの贈りもの』/後編
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