群馬県にある、親の遺した昭和建築の実家で暮らす中年の兄弟。サラリーマンの兄はがんの手術を受けたばかり。新作を10年近く撮れずにいる映画監督の弟が帰省し、職場復帰した兄の世話をしている。スーパーで買い物し、帰宅する途中で通りがかった神社では、新作が撮れるように、東京にいる妻から離婚されないように、と神頼みを欠かさず、食事を作って兄の帰宅を待つ主人公・タカシは、本作『お盆の弟』の大崎章監督の分身のようなキャラクターだ。
いい歳をして独身で病を抱えた兄と、妻に愛想をつかされ仕事も行き詰まっている弟。文字にすると気が滅入るような状況だが、悲惨の中に潜むユーモラスな瞬間をすくいあげながら、なんともリアルで愛おしい物語が語られていく。スーパーで出くわした近所のおばちゃんに「映画見たわよ。すごいわね」みたいなことを言われて、タカシが口にするタイトルは、まさしく大崎監督が9年前に監督した『キャッチボール屋』だ。大森南朋が、リストラされて見ず知らずの人とキャッチボールをする稼業を始める物語で、山口百恵の「夢先案内人」が印象的に流れていた。
大成功者でも決定的な敗残者でもない、ただパッとしない人間を魅力的に見せるのは難しい。だが、『キャッチボール屋』と同様に『お盆の弟』も、登場する人々の大半はどこかズレた感覚の持ち主にも関わらず、みなチャーミングだ。その筆頭は、タカシを演じる渋川清彦。インディーズ系からメジャー大作まで、極悪人から気のいいあんちゃんまで、幅広い役を演じてきた彼は、今回は変わり者たちに囲まれた、ごくまともな感覚を持つ普通の男を演じる。可愛い娘をもうけた妻ともう一度やり直したいのに、夢を捨てきれず、先に地元へ戻っていた映画仲間の親友と到底実現しそうもない映画の構想や脚本作りについて語り合う。切羽詰まった状況のはずで、実際焦ってもいるのだが、根本が飄々としていて、揺るぎないユルさとでもいう雰囲気が素晴らしい。自由という響きは素敵だが、自他ともに犠牲を払うものでもある。その事実を受け入れている感が出ている。兄役の光石研も、ずっと実家で暮らしてきた堅物の長男然としていていい。
やがて、親友のセッティングの合コンで知り合ったタウン誌の記者の女性が絡んできて、少しばかり恋愛模様の気配も漂うが、これもまた思わぬ展開になる。一方で、妻との関係修復につとめようと、せっせと東京に通い、最愛の娘をダシに(というのは言い過ぎか)映画みたいにカッコよく決めてみせようとすると、そんな手の内は見透かした妻は鋭く正論で突いてくる。真面目でも、チャランポランでも、みんな生きていくのが大変。どこをとっても、痛々しいほどリアルなのは、そんな世界を生きる実感が込められているからだろう。
安藤サクラ主演の『百円の恋』の脚本を手がけた足立紳と撮影の猪本雅三、と『キャッチボール屋』のチームが再結集している。猪本のモノクロ映像によって、生々しさよりも素朴さとペーソスが画面に漂い、純粋に物語に引き込まれて共感する。邦画ではマンガやベストセラー小説以外は映画にならないのか、というご時世に、こういう作品を映画館でしみじみ楽しめるのは素敵なことだと思う。(文:冨永由紀/映画ライター)
『お盆の弟』は7月25日より公開。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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