『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』
(…前編より続く)ベル・アンド・セバスチャンを送り出したスコットランドのグラスゴーは、80年代以降のネオ・アコースティックとかギター・ポップと呼ばれるイギリスのインディーズ音楽を熱心に追いかけてきたリスナーにとって、特別であり続けた町だ。エドウィン・コリンズ率いるオレンジ・ジュース、ロディ・フレイム率いるアズテック・カメあたりに端を発し、ジーザス&メリー・チェイン、プライマル・スクリーム、パステルズ、ティーンエイジ・ファンクラブなどなど、グラグゴー産であることが確かな“品質保証”になる時代は長く続き、その大トリと言っていいタイミングで90年代半ばにベル・アンド・セバスチャンが静かに登場した。
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そんなベルセバのフロントマン、スチュアート・マードックが撮った映画だから、グラスゴーの町を舞台とした本作では、ところどころに先達たちへのリスペクトが散りばめられている。この映画を見ようという人は、多かれ少なかれベルセバやグラグゴーの音楽シーンに興味のある人が多いと思うが、最初から最後までオマージュや小ネタのオンパレードなので、十分注意して(?)ご覧いただきたい。
16mmフィルムで撮影された映像と同じく、少しざらついたアコースティック・サウンドを基調とした楽曲群はもちろん最高だ。いち早くサントラで聴き馴染んできたタイトル曲の「God Help The Girl」をはじめとするコンパクトなポップ・ソングが、エミリー・ブラウニングらのキュートな歌声で新たな魅力をまとっている。ちなみに本作は一応ミュージカルということになっているが、劇中で唐突に歌い出すシチュエーションは少なく、むしろ自然にライヴやセッションのシーンへと移行して歌が始まるパターンが多い。なので、ミュージカルはちょっと……という人も、抵抗なく作品の世界観に入り込めると思う。
スチュアート・マードックがかつてCFS(慢性疲労症候群)を患っていたことは、ファンの間ではよく知られている。大学時代に発症して7年近く自宅に引きこもっている間に曲作りの喜びを知り、その延長で結成されたのがベル・アンド・セバスチャンだ。いっぽう、この映画のヒロインであるイヴは、拒食症とうつ病で入院と脱走を繰り返している。彼女が自身の音楽的な才能をジェームズという“触媒”を得て開花させていく様子を、スチュアート自身の物語と重ね合わせて見るファンは多いだろう。終盤にイヴとジェームズがバンドの演奏に加わり、それがいつしかベル・アンド・セバスチャンの編成そのものになっていることに気づいた瞬間の高揚感と、その後に用意されたほろ苦いエンディングは、スチュアート・マードックの作り出す音楽に感じる二面性そのものと言っていいかもしれない。(文:伊藤隆剛/ライター)
『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』は8月1日より公開される。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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