『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』
(…前編より続く)『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』は、ブライアン・ウィルソンやビーチ・ボーイズの音楽やそのキャリアの真実を見事に捉えた素晴らしい作品だが、本人たちのことを知らなくても十分楽しめる『ジャージー・ボーイズ』のような作りにはなっていない。
・【映画を聴く】(前編)まるでドキュメンタリー! B・ウィルソンとビーチ・ボーイズの真実をリアルに描いた『ラブ&マーシー』
「Surfin’ U.S.A.」や「Fun, Fun, Fun」、「I Get Around」といった脳天気なヒット曲を連発した初期、ビートルズに触発されて芸術性を全開にしたブライアンが独力で作り上げた『Pet Sounds』期、それに続く傑作になるはずだった『Smile』の頓挫によって長く続く引きこもり期。そこまでの流れを、見る者が十分に知っているという前提で話が進められていく。
それ自体は悪いことではない。実際、その割切りが功を奏して、本作はまるでドキュメンタリー映画のようなリアリティを得ることに成功しているのだから。『Pet Sounds』は年月を経るごとに音楽的評価を上げているモンスター級の名盤だが、そのレコーディング風景の描写も恐ろしくリアルだ。高名なセッション・ドラマーのハル・ブレインに、アルバムのオープニング曲「Wouldn’t It Be Nice」に関する指示を出すところ、女流ベーシストのキャロル・ケイのクールな服装やしぐさなどは、過去公開されてきた未発表音源やドキュメンタリー映像で確認できるそのまんまと言っていい。
加えて、完成したアルバムのバック・トラックを聴いてメンバーのマイク・ラヴが激しく嫌悪感を示したというエピソードや、長年の確執が伝えられている実父にして元マネージャーのマリー・ウィルソンとのやり取りなど、これまではファンが想像を膨らませるしかなかった部分も、実際こうだったんだろうなと強く思わせる迫真性をもって再現されている。演奏やヴォーカルは、本物の音源をベースとしながら、ところどころで役者たち自身のパフォーマンスも含まれおり、それがまた達者だ。特に20代のブライアンを演じるポール・ダノの歌声には若き日のブライアンに通じるピュアな響きがあり、胸を揺さぶられる。
この映画のタイトルは、ブライアン・ウィルソンが1988年に発表した初のソロ・アルバム『Brian Wilson』の冒頭を飾る楽曲「Love and Mercy」から採られている。20年近い引きこもりを経てリリースされたこのアルバムは、多くの人に「まだまだブライアンはやっていける」という手応えを感じさせる作品だったわけだが、その後コンスタントにソロ・キャリアを積み、長年のトラウマになっていた『Smile』を完成させ、存命のオリジナル・メンバーでビーチ・ボーイズを再始動させ、70歳を過ぎても現役で活動するなんて、誰が想像しただろう。今年リリースされたばかりのニュー・アルバム『No Pier Pressure』でも、いまだ衰えないメロディーメーカーぶりを聴かせてくれているだけに、本作の公開で彼の音楽にさらなる耳目が集まることを期待したい。(文:伊藤隆剛/ライター)
『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』は8月1日より公開される。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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