『東ベルリンから来た女』(2013年日本公開)のクリスティアン・ペッツォルト監督とニーナ・ホス&ロナルト・ツェアフェルトの主演コンビが再びタッグを組んだ『あの日のように抱きしめて』が、明日から順次公開される。ドイツの作曲家、クルト・ワイルの名曲「スピーク・ロウ」が繰り返し劇中で使用され、第二次世界大戦後の彼の地を舞台としたメロドラマにフィルム・ノワール的な緊張感を加味。見る者に喜びでも哀しみでもない感情をもたらす、ずしりと重い作品になっている。
ニーナ・ホスの演じるネリーはユダヤ人の声楽家。奇跡的に強制収容所からドイツへ生還するも、顔に大けがを負い、復元手術を受けることに。その後、やっとのことで消息を突き止め、8ヵ月ぶりに再会した夫でピアニストのジョニー(ロナルト・ツェアフェルト)は、顔の変わったネリーに気づかないばかりか「死んだ妻に似ているから」と、彼女が本来相続すべき財産を山分けするための“替え玉”計画をネリー本人に持ちかける。夫は本当に自分を愛していたのか、それともナチスに寝返って自分を売り渡したのか。真実を確かめるため、ネリーはジョニーの計画に協力する決心をするが……。
そのあらすじだけを読むと、どこか荒唐無稽で非現実的な物語に思えてしまうかもしれない。顔が変わったとは言え、離ればなれになってわずか8ヵ月の妻を、夫が気づかないなんてことがあるだろうか? しかし当時のドイツ人とユダヤ人の結婚に向けられた迫害や、それによって受けた深い心の傷が2人をどうしようもないほどにすれ違わせていく様子を、ペッツォルト監督の脚本は冷徹かつ精緻に描出。ニーナ・ホスとロナルト・ツェアフェルトは説得力たっぷりの演技でその脚本を再現していく。結果、2人の“噛み合わなさ”こそが第二次大戦のもたらした副作用そのもののように映り、それが物語の揺るぎないリアリティへとつながっている。
『あの日のように抱きしめて』という邦題はストレートなラブ・ロマンスを思わせるが、原題は『Phoenix(フェニックス=不死鳥)』という。これは劇中でジョニーが働くアメリカ兵相手のクラブの名前であると同時に、顔が変わっても夫のもとへ戻り、自分自身の替え玉になることも辞さないネリーの愛情の深さを表している。そんなネリーの気持ちを正面から受け止めようとしないジョニーの真意を推し量るだけで、あっという間に過ぎていく98分。ヒッチコックの『めまい』を引き合いに出されるのも納得の出来映えで、早くもクラシックの風格をにじませている。(後編へ続く…)(文:伊藤隆剛/ライター)
・【映画を聴く】(後編)クルト・ワイルの名曲にのせて描かれる、せつなすぎる夫婦の結末。『あの日のように抱きしめて』
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