エキセントリックな男も似合うが、どこにでもいそうな男の表現に長ける
稲垣吾郎の演じる普通の人は絶品だと思っている。では普通とは何か? と問われると答えに窮するが、平穏に日々を過ごしているように見える、いわゆる市井の人。『十三人の刺客』や『ばるぼら』のようにエキセントリックな男も似合うが、どこにでもいそうで、素敵な面も駄目な面も程よくある人物像をリアルに表現するのが巧みだ。
・【週末シネマ】稲垣吾郎の自在な魅力が作り出す、手塚治虫原作『ばるぼら』の世界
『窓辺にて』で彼が演じる市川茂巳も、一見そんな男性だ。フリーライターをしている市川は、編集者である妻が担当している売れっ子作家と不倫していることに気づきながら、それについて何も感じない。だが、まるで心が波立たない自分自身に動揺している。誰にも相談できずにいた市川は文学賞の取材で、高校生の作家、久保留亜と知り合う。彼女の受賞作「ラ・フランス」の内容に惹かれた市川は、主人公のモデルがいるなら会わせてほしいと留亜に頼み込む。
今泉力哉監督との相思相愛ぶりが伝わる作品
稲垣が大ファンだったという今泉力哉監督の書き下ろし脚本による本作は、監督と俳優としての相思相愛、理解の深さの結実が何よりも素晴らしい。妻の紗衣と不倫中の作家、友人の有坂夫妻、留亜と恋人、留亜の叔父。愛情をモチーフに、他者との対話から自分を見つめていくような映画だ。
市川はかつて作家として将来を嘱望されながら、それきり小説は書かなくなった。書けなくなったのとも違う、その境地が独特だ。高校生の美少女というわかりやすい記号によって、本質とは関係なく持て囃される状況に辟易している留亜との交流には、あらゆる垣根を取り払って魂が共鳴し合う美しさがある。そこにはクスッと笑いたくなるようなおかしみもあって、夢のようにやさしい世界だ。
市川の「期待とか理解って時に残酷だからさ」という正直な台詞にドキッとさせられる。市川は意外と多くの男性、それも主人公と同世代あたりは特に、自己投影したくなる人物なのではないかと思える。
主役と脇役を自然にスライドする佇まいが見事
おしゃれな家に住み、読書し、ジムに行き、喫茶店で窓辺の席に座る。どれもまるで稲垣吾郎の日常生活を見せているかのように自然な振舞いで、それでいて画面に映っているのはやっぱり市川茂巳だ。『窓辺にて』という物語の主役であると同時に、周囲の人々が主役として生きるそれぞれの物語の脇役という立場にもスライドしてみせる佇まいの変化が見事だ。ストーリーを物語ると同時に監督の哲学がストレートに伝わってくる会話劇としても興味深い。(文:冨永由紀/映画ライター)
『窓辺にて』は、2022年11月4日より全国公開。
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