『ボリショイ・バビロン 華麗なるバレエの舞台裏』
バレエ界の競争の厳しさ、激しさはこれまでもフィクション、ドキュメンタリーなど、映画の題材として取り上げられてきた。『ボリショイ・バビロン 華麗なるバレエの舞台裏』はロシアが世界に誇るボリショイ・バレエ団に初めてカメラが入り、創立以来240年もの間、閉ざされ続けた内幕に迫るドキュメンタリーだ。
・[動画]『ボリショイ・バビロン 華麗なるバレエの舞台裏』予告編
ボリショイ劇場の華であるバレエダンサーたち、劇場運営やステージに携わる裏方たちが証言者として登場する。常に優雅に踊り続けるバレエダンサーたちの言葉はストイックで、時に驚くほど率直に、ダンサーとしての自己を客観的に語る。夢のように美しい舞台が作られる背景には、嫉妬や裏切り、権力や金をめぐる勢力争いまで、人間のあらゆる業が渦巻いている。
それを象徴するように起きたのが、2013年1月に芸術監督のセルゲイ・フィーリンが何者かに硫酸を浴びせかけられた事件だ。かつてバレエ団の花形ダンサーだったフィーリンは顔面に重傷を負い、失明の危機にさらされた。やがて、実行犯の男と襲撃を指示した男性ダンサーのパーヴェル・ドミトリチェンコが逮捕されるが、現役ダンサーたちにはドミトリチェンコを慕う者も多く、バレエ団は二分され、2つの対抗するグループが同じ舞台で踊っているという状況になる。まさにショー・マスト・ゴー・オンの精神なのだが、事件を受けてロシア政府が新総裁、ウラジーミル・ウーリンを送り込んだことで、さらなる混沌がバレエ団を襲う。
バレエダンサーたちの言葉だけを聞いていると、最初は『ブラック・スワン』の実録版のように思えるが、ロシアの至宝とも呼ばれるバレエ団は個々の自意識を大きく超える巨大な存在だ。関係者の1人が「ロシアが無秩序なら、ボリショイも無秩序」と、国家と同レベルで語るのは誇大妄想ではない。「シークレット・ウェポン」とそこだけわざわざ英単語を使い、バレエ団が「ロシアの秘密兵器だ」と喜々として語るメドヴェージェフ首相の笑顔がそれを確信させる。
バレエ団公認のもと、綺麗事どころかドロドロの内部事情をそのまま白日のもとにさらしたのはドキュメンタリー監督のニック・リード。『シュガーマン 奇跡に愛された男』(12年)、『マン・オン・ワイヤー』(08年)で2度アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞しているプロデューサー、サイモン・チンが製作総指揮にあたっている。
新体制になったバレエ団に、ドイツでの治療を終えたフィーリンが復帰し、そこでウーリン総裁と芸術監督が抱える因縁が明らかになる。事実は小説より奇なり、を地で行くドラマティックな展開だ。それぞれの持論を主張する2人の言葉に、芸術を生み出すとはどういうことか、そこに大切なものは何なのかを深く考えさせられる。
美しいものを作ることが使命なのに、そこに様々なエゴや欲、他者の思惑が絡み付いてくる。すべての芸術家にとって他人事ではない現実を、直球で投げつけてくるドキュメンタリーだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ボリショイ・バビロン 華麗なるバレエの舞台裏』は9月19日より公開される。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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