『あの花』よりもささるリアルな痛み
(…前編より続く)シリーズも劇場版もヒットした“大人も泣ける”オリジナルアニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』の監督・長井龍雪、脚本・岡田麿里、キャラクターデザイン・田中将賀が手がけた劇場用新作アニメ『心が叫びたがってるんだ。』が公開される。前作同様、今回もまったくのオリジナルアニメとなる『ここさけ』は、『あの花』の二番煎じで終わっているのか、それとも新たな発展を見せてくれるのか、検証していきたいと思う。
・【元ネタ比較】番外編・前編/注目が集まる『ここさけ』と前作『あの花』の違いは!?
『ここさけ』はアニメの王道のスポ根でもなければ、魔法少女ものでもなく、テイストはもちろん『あの花』に似ている。甘酸っぱいというよりも甘苦く、切なくて苦しい涙を流させる青春群像劇。主人公はトラウマを抱えて、出口があるのかわからない迷路に迷い込んでいる。
このトラウマが『ここさけ』はリアルで重い。ヒロインの順は自分のおしゃべりがきっかけで両親が離婚し、失声症となって殻に閉じこもって漫然とした日々を過ごしている。オープニングからこのテーマを提示し、『ここさけ』は前作の『あの花』とは違い二匹目のドジョウを狙っているわけではないという作り手の意気込みが感じられる。
『あの花』が軽いわけではない。青春の挫折やひきこもりを扱い、幼馴染・めんまの“死”という言わば一番重いテーマが描かれている。しかし、そこにはノスタルジーがただよう甘美な香りがあるし、めんまの存在自体がファンタジックでもある。見る側が最初に出会うのは幽霊となっためんまだし、白いワンピースを着たクォーターの女の子のビジュアルは妖精のようだ。しかし、『ここさけ』は順のおしゃべりを封印する玉子の妖精にファンタジー要素はあるが、『あの花』よりダークでありメタファーであることも明らかだ。そして、トラウマを抱えて失声症になるヒロインの姿は順たちのような思春期の若者にとって、ある意味で死よりも切実に胸に迫るものがあるだろう。
順はこの悲痛な状況を乗り越えて行こうとする。学校のイベントの実行委員に、それぞれ悩みを抱える3人のクラスメイトとともに任命されたことにより、順は閉ざした殻の隙間から恐る恐る顔をのぞかせる。ケータイを通して少しずつ言葉を交わし、悩みを抱えているのは自分だけじゃないことを知り、傷つきながらも殻の外に出ようとする。その姿からくる痛みにはリアルな手触りがある。また、この順がピュア過ぎて子どもじみているところも本質をついていて、ハッとさせられる。おしゃべりせずにおとなしいからといって、順は穏やかで素直なわけではないのだ。心の中は叫びたいことでいっぱいで、子どもっぽいからこそ失声症にもなるのだと痛感させられる。そこも一歩踏み込んだ設定となっていることに感服した。
『あの花』がそこに踏み込んでないから“薄い作品”というわけではないと思っている。長井監督が「『あの花』は後頭部を鈍器で殴って「ほら、涙が出ただろう?」みたいなやり方をした」というようにコメントして波紋を広げているが、見る側としてはそこまでとは思わない。ただ、2作は似た路線でありつつ微妙に異なる。『あの花』はメロウな叙情を味わうべきドラマであり、『ここさけ』はザラっとした現実の痛みを噛み締めるドラマだろう。タイトルも、“。”のつく文章という形式は同じだが、詩的で雰囲気のある『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』に比べて、『心が叫びたがってるんだ。』は短くストレートであることからしても、そのことがうかがい知れるというものだ。(後編へ続く…)(文:小野田礼/映画ライター)
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『心が叫びたがってるんだ。』は9月19日より全国公開される。
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