【週末シネマ】家政婦がディオールのドレスに魅せられて。予想以上に豊かで上質な映画
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倹約して貯金をして憧れのディオールへ…『ミセス・ハリス、パリへ行く』
1950年代、イギリスで家政婦として働く女性が美しいドレスに魅せられ、自ら購入するためにフランスへと旅をする。『ミセス・ハリス、パリへ行く』というタイトルそのままの物語が、これほど深く豊かな広がりを見せるとは予想もしなかった。
・アカデミー賞衣装デザイン賞のジェニー・ビーヴァンがクリスチャン・ディオールのデザイン画をドレス再現!
ロンドンで家政婦をしているミセス・ハリスはある日、顧客の家で仕事中に、室内に無造作に置かれたクリスチャン・ディオールのドレスを目にする。繊細な刺繍がほどこされた美しいドレスに心を奪われた彼女は、自分のためのドレスをパリにあるディオール本店で購入するべく、資金を貯め始める。
働き者で気立てのいいミセス・ハリスは1人暮らしだ。明るく世話好きな人柄で、仕事仲間や友人に恵まれているが、戦争に行ったきりの夫は消息不明で、心に寂しさを抱えて単調な日々を過ごしていた。そんな彼女は非日常の美にふれて、一変する。
既製服ではないオートクチュールのドレス1着の価格は彼女にとって年収の2倍ほどにもなる。それでも誰の助けも借りずに自らの力で手に入れると決めた彼女は仕事を増やし、倹約に励み、時には賭け事にも手を出し、ついにパリへ赴き、一等地にあるディオールの店へと足を運ぶが……。
レスリー・マンヴィルとイザベル・ユペールの演技も見応えあり
ミセス・ハリスを演じるのは、現在配信中のNetflixシリーズ『ザ・クラウン』にマーガレット王女役で出演しているレスリー・マンヴィル。マイク・リー監督の名作の数々や舞台での活躍で知られ、『ファントム・スレッド』(17年)でアカデミー助演女優賞候補にもなったマンヴィルが、行動力あふれる主人公をチャーミングに演じる。
第二次世界大戦の名残がまだあちこちにあった1950年代後半、ハイファッションは誰にでも扉が開かれているわけではなく、選ばれし人々のみがパリのディオールの店に集い、ファッションショーを見て選んだドレスを誂える時代だった。そこに突然現れた質素な身なりの外国人女性を、支配人のコルベールは慇懃無礼に追い払おうとする。
マンヴィルが『ファントム・スレッド』で演じた役に少し似た立ち位置のコルベールを演じるのはイザベル・ユペールだ。ブランドの格式を重んじ、場違いなミセス・ハリスを目の敵にするカリカチュアライズされた敵役を嬉々として演じていて、英仏の名優2人の贅沢な共演は見応えがあって楽しい。
多くの巨匠、名匠と仕事をしてきた彼女たちが出演を決めたことからも、この映画が特別なものであることは推察できるだろう。庶民が分不相応な贅沢品を手に入れようとする、といううわべだけではない物語がある。登場人物は路上生活者から人気モデルや貴族まで、階層も年齢も幅広いが、ミセス・ハリスは誰と接する時も態度を変えず誠実に向き合う。そんな彼女を通して、様々な世相も見えてくるのだ。
脇役ですらない存在が、物語の主人公として生きようとするとき
1958年に発表されたポール・ギャリコの原作を映画化するにあたって、監督のアンソニー・ファビアンは新たなエピソードをいくつか用意した。その1つは、ロンドンで思うように軍資金が貯まらず、夢を諦めかけたミセス・ハリスのもとに夫の戦死通知が届く場面だ。彼女は十数年もの間、たった1人で夫を待ち続けていたという過酷な事実が突きつけられ、同時に美しいものがいかに人の孤独を癒すかということも強く印象づけられる。そのほかにも、ディオールで服を縫製する女性たちとの連帯、ミセス・ハリスの親友ヴィーがジャマイカ出身であることなども原作にはない要素だ。
彼女たちは若くなく、社会的地位も低い。困った時だけは頼りにされるのに、普段は誰の目にも映っていないかのように扱われる。誰かの人生の脇役ですらないほどの存在。それを自覚していた女性が、自分という物語の主人公として生き始める姿に心が温かくなる。
華やかな夢物語の中で語られる社会と女性
ディオール本社が全面協力し、1950年代当時のアーカイブから貸し出された5着をもとに、ジェニー・ビーヴァン(『マッドマックス 怒りのデス・ロード』/15年)が手がけたドレスや当時を再現したファッションも素晴らしい。
華やかなドレスと、窮地を救ってくれる素敵な男性たちも現れる夢のような展開の中で、さりげなく社会と女性についても語る、上質のエンターテインメント作だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ミセス・ハリス、パリへ行く』は、2022年11月18日より全国公開中。
[訂正とお詫び]
初掲時にイザベル・ユペール演じる役名に間違いがありましたことをお詫びいたします。正しい表記「コルベール」に修正しました。
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