3年の間失踪していた夫が、妻のもとに突然戻り、「俺は死んだ」と告白。各地でお世話になった人たちを訪ね歩く旅に妻を誘う。途中、これまで知らなかったお互いの秘密を知りながら、二人は絆を深めていくが……。
・[動画]『岸辺の旅』日本凱旋披露試写会/深津絵里、浅野忠信、黒沢清監督
“死んだ夫”と“生きている妻”の奇妙な旅路を描いた黒沢清監督の『岸辺の旅』は、湯本香樹実の同名小説を原作としたラブストーリー。その独自の世界観を丁寧に映像化した本作は、第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で監督賞を受賞。すでにフランス国内での公開も決定しているという。
夫婦を演じるのは、深津絵里と浅野忠信。共演歴はこれまで何度かあったものの、夫婦役は初めてという2人は、同世代ということもあり波長がぴったり合い、撮影は作品のトーンと同じように終始穏やかに進んだという。2人の演技力によって、本作はファンタジーのようなストーリーラインに揺るぎないリアリティを埋め込むことに成功している。
音楽は大友良英と江藤直子が担当。相米慎二監督『あ、春』以降、大友が劇伴を担当する映画の大半でピアノやストリングスアレンジを担当してきた江藤が、本作でも大々的に力を貸している。あのNHK連続テレビ小説『あまちゃん』や、先月当コラムで紹介した『ピース オブ ケイク』も、このコンビの仕事だ。
素朴で穏やかな映像に、2人は優雅にオーケストレーションされたメロウな楽曲を提供。一聴するとやや大げさに思えるシーンもあったりするが、何でもないような生活の一場面が、実は多くの奇跡に彩られているという本作の世界観を、力強くバックアップしている。黒沢監督は「現代の日本では日常に寄り添ったささやかな音楽が控えめに流されるが、そうはしないようにしたかった」と言っているから、2人の音楽は見事に監督の意に沿ったものに仕上がっていると考えていいだろう。
そんな劇中の音楽に耳を澄ましながら見ると、異色のロードムービーであり、普遍的なメロドラマでもある『岸辺の旅』の作り上げる世界が、より鮮やかに、奥深く感じられるはずだ。(文:伊藤隆剛/ライター)
『岸辺の旅』は10月1日より全国公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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