(…前編より続く)『ヒトラー暗殺、13分の誤算』は、その重々しい主題とは別に、魅力的な音楽が散りばめられているところも大きな見どころ&聴きどころだ。
・【映画を聴く】(前編)衝撃の実話『ヒトラー暗殺、13分の誤算』を彩る、美しい音楽と冷徹な“音”
主人公のゲオルク・エルザーは家具職人を生業としながら、時間があれば仲間たちと歌やダンスに興じる一面も持っている。劇中では軽快なアコースティック・スウィングや官能的なアルゼンチン・タンゴに合わせてアコーディオンを弾き、朗らかにスキャットをするゲオルクの姿が活写されており、青春時代のかけがえのなさが見る者の心を打つ。
ゲオルク役のクリスティアン・フリーデルは、実際にピアノ演奏を好むようで、本国ドイツでは「The Closer」という曲でソロデビュー。Woods of Birnamというバンドでも活動している。いずれの楽曲も役者の余技の範疇を超えた上質なもので、繊細かつ力強い彼の歌声が中心に据えられている。
ゲオルクの青春時代の記憶がそういった美しい音楽で彩られているのに対して、ヒトラー暗殺事件の容疑者として逮捕された現在のゲオルクを描くリアルタイム・パートの緊張感に満ちた“音”の扱いも印象的だ。繰り返される「ハイル・ヒトラー」や「ジーク・ハイル」の掛け声がそこかしこで飛び交い、ゲオルクや村人の呼吸にはいつも追い詰められるような緊張感が漂う。声や呼吸を生々しく録音、レイアウトすることで、当時の恐怖政治の現実を浮き彫りにしている。
オリヴァー・ヒルシュビーケル監督の本作にかける思いは、こういった美しい音楽シーンと残酷な拷問シーンのコントラストを見れば明らかだ。ラストがハッピーエンドであるはずもなく、シリアスな作品であることは間違いないのだが、いっぽうで本作にはこれまでのナチス映画とは一線を画す後味のよさがある。「あの時、目を開けていたのは僕だけだった。」というキャッチコピーがすべてを表すこの映画のメッセージは、現代の日本にとっても決して無視できないものだ。(文:伊藤隆剛/ライター)
『ヒトラー暗殺、13分の誤算』は10月16日より公開される。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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