愛車を盗まれ、愛犬を惨殺され、たった1人で復讐に立ち上がる元殺し屋。あらすじを聞くだけでは「え?」と思うような男。そんな人物が誰よりも似合い、誰よりも魅力的に演じるのは、この人をおいてほかにいない。公私において、ストイックでありながら、どこか人間くさい隙を見せるキアヌ・リーヴスは『ジョン・ウィック』(公開中)という久々のヒット作に恵まれ、巷では“復活”と歓迎されている。
キアヌといえば『マトリックス』シリーズ。そして最初に彼の存在を知ったのは『スピード』という人も多いだろう。すでに30年を超えるキャリアの中で、彼は定期的にアクションとスリル、サスペンスにスタイリッシュな演出も加えたエンターテインメント作でヒットを飛ばし続けてきた。今回の場合、ここ数年はドキュメンタリーの製作や監督業への挑戦(『ファイティング・タイガー』)、主演作が不本意な結果に終わるという状態が続いていたなかで、『マトリックス』シリーズのスタントを手がけたチームと組み、世間が待ち望んでいたアクション・スター、キアヌ・リーヴスの再来となった。
現在51歳で、無精髭には白いものもまじるが、それ以外は年齢不詳な雰囲気だ。決して憑依型の演技派ではないし、アクションにしても敏捷さに欠けるところもある。だが、スクリーンに映したときの存在感は格別だ。80年代後半、ティーン向け作品に出演し続け、『ビルとテッド』シリーズのおばか高校生・テッド(この名前を聞いて、クマのぬいぐるみよりもキアヌを思い出す世代もいるはず)で最初にブレイクした彼に目をつけたのは、フランシス・フォード・コッポラ(『ドラキュラ』)、ベルナルド・ベルトルッチ(『リトル・ブッダ』)といった巨匠たちだった。エキゾチックな美貌をスクリーンに大写しにしたい、そう思わせるスター性があったのだろう。だが、そこでは期待通りの力を発揮したとは言い難かった。
20代の彼が本領発揮したのは、当時の若者像をとらえた作品の数々──デニス・ホッパーとの最初の共演作『リバース・エッジ』、リヴァー・フェニックスと共演した『マイ・プライベート・アイダホ』などだ。特に前者は30年近く前の青春映画だが、まるで現代の日本に生きる十代の閉塞感を予言したような作品。ぜひ一見をおすすめしたい。こうした作品をはじめ、大作ではなく万人向けとはいえないが、心の機微をとらえた人間ドラマも、現在に至るまでキアヌが大切にしてきている作品群だ。
『スピード』以降、ブロックバスターの主演作で大ヒットを飛ばすと、その後アート系や比較的な小規模な作品本に出演する形をとりながら、キアヌは様々な可能性を模索し続けた。舞台で「ハムレット」に挑戦したり、いい俳優になるため切磋琢磨を重ねたが、次第にただ演じるだけではなく、自分が立っている映画というフィールドへ向き合うようになる。デジタル化が進む映画界の変遷を追ったドキュメンタリー『サイド・バイ・サイド フィルムからデジタルシネマへ』では ハリウッド・スターという立場を活用し、製作のみならず、一流監督やスタッフたちのもとへ自ら赴き、聞き手をつとめた。
このあたりから、彼の意識は映画スターであると同時に映画人としてのものに変わり始めたのかもしれない。もともと、プライベートで着古した普段着にボサボサの髪で街に溶け込む姿を面白おかしく取り上げられることには無頓着だったが、むしろ世間の好奇心を利用する客観性とたくましさを身につけたように思える。『ジョン・ウィック』の日本公開は全米から1年遅れとなったが、その間に新作のロケハン(2月)、鈴鹿8時間耐久ロードレースに参加(7月)、そして、映画の宣伝(9月)と3度も来日している。巧まずしてなのか巧んでいるのか、とにかく大衆の期待を煽って、満を持しての日本公開という雰囲気を作り上げたのには、戦略家という意外な一面を見た思いがした。
『ジョン・ウィック』の続編もだが、日本も舞台として登場するテレビシリーズ『Rain(原題)』、すでに撮り終えてリリースを待つばかりのニコラス・ヴィヂィング・レフン監督の『The Neon Demon(原題)』やジム・キャリー共演の『The Bad Batch(原題)』、レニー・ゼルウィガー共演の『The Whole Truth(原題)』など、楽しみな新作が目白押し。50歳を境に、キアヌ・リーヴスの新たな章が始まった。(文:冨永由紀/映画ライター)
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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