『わたしの名前は…』
ファッション・デザイナーのアニエスベーが、アニエス・トゥルブレの本名で監督/脚本/撮影/美術を手がけた映画『わたしの名前は…』。その公開が、いよいよ今週末より始まる。Love Streams Productionsという自らの映画製作会社を持ち、これまでデヴィッド・リンチ監督『マルホランド・ドライブ』やクエンティン・タランティーノ監督『パルプ・フィクション』の衣装デザインなど、数々の映画に関わってきた彼女だが、監督は今作が初めて。衣装や美術はもちろん、ストーリーラインから撮影、音楽にいたるまで、あらゆる要素にその美意識が行き届いた、瑞々しいデビュー作となっている。
本作は、12歳の少女セリーヌとスコットランド人の中年トラック運転手ピーターによる、風変わりなロードムービーだ。父親から虐待を受けるなどの家庭問題を抱えたセリーヌが、合宿先の海辺でピーターのトラックにこっそり乗り込むことから彼を巻き込んだ逃避行が始まる。世代も国籍も言語も異なるふたりは少しずつお互いを知り、心を通わせるようになるが、“行方不明の少女”であるセリーヌを捜索する警察の目は日を追うごとに厳しくなっていく。
物語は、アニエス監督が10年以上前に読んだ新聞記事、検察官のオフィスでペーパーナイフを使って自殺した男の話に着想を得ている。なぜ彼は自殺しなければならなかったのかを考えながら想像を膨らませ、2日間ほどで一気に脚本の第一稿を書き上げたという。当初は自分自身が思春期に受けた苦しみについて考え直すところから物語を組み立てていったが、そこに架空のエピソードを付け足す形で最終稿が完成。普遍的な物語にするために、衣装やセット、それに人物設定やシチュエーションに、特定の場所や時代を感じさせないことを心がけたという。
セリーヌを演じるのは、本作が映画初出演となるルー=レリア・デュメールリアック。オーディション初期にアニエス監督の目に留まったものの、読書好きで寡黙な彼女はモデルや女優の経験はいっさいなく、数多い候補からの大抜擢となった。不安定で未熟な年頃にあって、確かな意志を感じさせるその目と、透き通るような肌の美しさが印象的だ。
ピーターを演じるのは、『ジダン/神が愛した男』の監督(フィリップ・パレーノとの共同)のほか、現代美術の分野を中心に活動するマルチ・アーティストのダグラス・ゴードン。当初この役には英国人俳優のテレンス・スタンプが想定されていたそうだが、父親による娘の虐待を扱った内容に出資者側の多くが難色を示し、キャスティングについても変更せざるを得なかったという。しかし結果的にダグラス・ゴードンは、ピーターの柔和で自由な雰囲気にぴったりで、セリーヌのアンバランスなパートナー役を好演している。(文:伊藤隆剛/ライター)
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