長崎への原爆投下を題材とした『母と暮せば』は、戦後70年の節目に公開される山田洋次監督作品。山田監督にとって初のファンタジー作であり、吉永小百合119本目の出演作、そして坂本龍一の復帰第1作としても大きな注目を集めている。
本作での坂本龍一の音楽は、近年彼が手がけた映画音楽の中でもっともノスタルジックで、小津安二郎監督作品に代表される往年の松竹映画へのオマージュとも思える仕上がりになっている。自身のピアノを中心とした小編成の楽曲では穏やかな打鍵による静謐なサウンドを、東京フィルハーモニー交響楽団の演奏で録音されたフルオーケストラの楽曲では馥郁としてスケール感に溢れたサウンドを聴かせる。
日本映画では『戦場のメリークリスマス』、『星になった少年』、『御法度』、『トニー滝谷』、『一命』など、外国映画ではアカデミー賞を受賞した『ラストエンペラー』をはじめ『シェルタリング・スカイ』、『リトル・ブッダ』、『スネーク・アイズ』、『ファム・ファタール』、『シルク』、そして先日ゴールデングローブ賞へのノミネートが発表されたばかりの『レヴェナント:蘇りし者』など。映画音楽家としては“来る者拒まず”的なスタンスで、これまで30作を超える作品の音楽を手がけてきた坂本龍一だが、タッグを組む映画監督は大島渚やベルナルド・ベルトルッチ、ペドロ・アルモドバル、ブライアン・デ・パルマといった芸術家気質の人が多く、そういう意味では『男はつらいよ』シリーズで国民的な支持を得ている山田洋次監督作品との組合せは異色と言っていいだろう。
山田監督が坂本龍一に本作の音楽を依頼したのは2014年の4月。吉永小百合を連れ立って坂本のコンサートを見に行き、終演後の楽屋にて2人でオファーして快諾を得たという。しかし同年7月に坂本が中咽頭がんであることを公表。療養に専念することになったが、今年5月の復帰後にデモの制作を開始し、無事にすべての録音が完了した。療養中はすべてのコンサートやレコーディング活動を休止していた坂本だが、本作のためのスケッチはいくつか書き溜めていたそうで、そんなエピソードからもこの映画にかける意気込みがうかがい知れる。(後編へ続く…)(文:伊藤隆剛/ライター)
・【映画を聴く】後編/母と息子の交感をノスタルジックな音楽で彩る坂本龍一の復帰第1作『母と暮せば』
『母と暮らせば』は12月12日より公開。
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