(…前編より続く)1945年8月9日に原爆で亡くなった医学生の息子(二宮和也)が、3年後の1948年8月9日に助産婦の母(吉永小百合)の前に亡霊として忽然と現れる。山田洋次監督初のファンタジー『母と暮せば』は、井上ひさしの戯曲『父と暮せば』と対を成す作品になっている。『父と暮せば』が原爆投下後の広島を舞台としているのに対し、本作の舞台は長崎。遠藤周作の小説で、マーティン・スコセッシ監督による映画版も公開予定という『沈黙』の舞台でもある長崎・外海地区に建つカトリック黒崎教会堂などがロケに使われている。
・【映画を聴く】前編/母と息子の交感をノスタルジックな音楽で彩る坂本龍一の復帰第1作『母と暮せば』
そんな長崎の美しい風景が味わえるところも本作の魅力のひとつだが、作品としてのコアはどこまでも“母と息子の交感”。坂本龍一の音楽も、基本的には「息子=浩二」と「母=伸子」の気持ちの移ろいや両者の間に流れる空気の可聴化を図ったものが多い。『戦場のメリークリスマス』では「映像の弱い部分に音楽を付けていった」そうだが、台詞の多い本作では“言葉”の強い部分をさらに盛り上げるように音楽が付けられているような印象だ。
音楽的なハイライトは、やはりクライマックスの合唱曲「鎮魂歌」だろう。山田監督の希望により、広島出身の詩人である原民喜の書いた同名の詩に坂本龍一が曲を付け、延べ800人の長崎市民が合唱に参加している。自身も被爆者だった原の詩を現在の長崎市民が歌うことで、70年前と現在をつなげる感動的で壮大な楽曲となっている。
また本作では、浩二(二宮和也)が好んで聴いたレコードとして、メンデルスゾーンのSP盤がたびたび再生される。ノイズを含んだそのノスタルジックな響きが、伸子の喪失感の大きさを引き立てるなど、坂本龍一のサウンドトラック以外にも音楽が見る者にさまざまな感情を思い起こさせる部分が出てくる。山田監督の作品は音楽的な側面からはなかなか語られることがないが、坂本龍一の音楽をきっかけに本作で初めて山田監督作品に触れるという人にも感じ入るところは多いはずだ。
本作のサウンドトラックCDは坂本龍一のレーベル=コモンズからすでに発売中。そのうちオープニングのオーケストラ曲「母と暮せば タイトル」の別ヴァージョンが月刊誌「SWITCH」12月号の付録CDに収録されている。こちらは坂本龍一本人によるピアノ・ソロで、サントラ盤には未収録の貴重なヴァージョンだ。オーケストラ版とは違った魅力が味わえるので、教授ファンは早めにチェックしていただきたい。(文:伊藤隆剛/ライター)
『母と暮らせば』は12月12日より公開。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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