1970年代のハンガリー・ブダペストを舞台とした『リザとキツネと恋する死者たち』は、日本に伝わる“九尾の狐伝説”にヒントを得たダーク・ファンタジー。日本の恋愛小説を愛読する日本大使未亡人の専属看護人、リザの身の回りに起こる奇怪な連続殺人事件と、彼女にだけ見える日本人歌手、トミー谷の亡霊との関わりを描いた作品で、本国ハンガリーで高い評価を得るとともに大ヒットを記録したという。
当コラム的見どころは、何と言ってもトミー谷が歌う奇妙な昭和歌謡の数々だ。サーフィン&ホッド・ロッドやツイスト、ラテン、ムード&ラウンジ・ミュージックなど、多様な洋楽をごった煮にした昭和歌謡の折衷性に異邦人の感覚が加わることで“捻れ”が生じ、逆に日本では聴くことができないようなサウンドに仕上がっている。
CMディレクターとしてキャリアを重ねてきたウッイ・メーサーロシュ・カーロイ監督は、もともと日本の文化に興味があったそうで、黒澤明、小津安二郎、北野武、宮崎駿などの監督映画を熱心に見ていたという。音楽ではピチカート・ファイヴやその中心人物である小西康陽の手がけた『ルパン三世』のリミックス集、渋谷系アーティストの音源を中心にまとめられたドイツのコンピレーション盤『Sushi 3003』『同 4004』などを愛聴しており、そういった90年代の作品をきっかけとして日本の古い歌謡曲へも関心が広がっていったようだ。
興味深いのは、メーサーロシュ監督がフェイバリット・アーティストに東京ビートルズを挙げていること。世界中を席巻したビートルズの人気に便乗して1964年にでっち上げられたこの即席グループが“再発見”されるようになったのは、1994年に大瀧詠一監修によるコンピレーションCD『meet the 東京ビートルズ』が発売されてから。監督もこのCDによって彼らの存在を知ったものと思われるが、日本のごく一部のポップス・マニアによるそんな盛り上がりまでをキャッチしているのだから、監督の日本への傾倒ぶりは本物だ。
なお、本作のトミー谷のモデルのひとりである舞台芸人、トニー谷についても、大瀧の監修によるコンピレーションCD『ジス・イズ・ミスター・トニー谷』が出ている。87年の死後に追悼盤としてリリースされたLPをCD化したもので、メーサーロシュ監督は東京ビートルズと同じタイミングでこのCDも聴いたのではないか? そう考えると大瀧詠一の本作への影響力が密かに大きいのではないか?など、いろいろな想像が膨らむ。(後編へ続く…)(文:伊藤隆剛/ライター)
・【映画を聴く】後編/大瀧詠一がハンガリー映画に影響力!? 謎の日本人歌手登場の『リザとキツネと恋する死者たち』
『リザとキツネと恋する死者たち』は12月19日より全国順次公開される。
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