後編/大瀧詠一がハンガリー映画に影響力!? 謎の日本人歌手登場の『リザとキツネと恋する死者たち』

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『リザとキツネと恋する死者たち』
『リザとキツネと恋する死者たち』

(…前編より続く)トミー谷を演じるのはアメリカを拠点に活動するデヴィッド・サクライ。日本人の父とデンマーク人の母を持つアクションを得意とする俳優で、現在36歳。ウッイ・メーサーロシュ・カーロイ監督は、トミー谷というキャラクターのために日本やデンマークでオーディションを行なったが、キャスティングは難航。決まりかけたデンマーク王室劇団に所属する韓国系の俳優がスケジュールの都合で出られなくなったところで、デンマークのエージェントから紹介されたのだという。

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一見すると“飛び道具”的な役まわりに思えるトミー谷は、リザの知らない悪魔的な一面を持っており、とても複雑なキャラクターだ。モデルのひとりであるトニー谷と同じ両端の吊り上がった黒ぶちメガネではなく、あえて普通のメガネをかけさせたのは、リザの知る由もない性悪さと表面的な素直さを引き立てるためだという。彼を唯一の友だちと慕うリザに優しく歌いかけるいっぽう、強い恋心と嫉妬心を持って影で悪だくみをする彼の二面性を、デヴィッド・サクライはとても楽しみながら演じているように見える。

本作でトミー谷が歌う楽曲は、メーサーロシュ監督が音楽担当のアンブルシュ・テヴィシュハージとともに作り上げたオリジナル曲が基本になっている。「ダンスダンス★ハバグッタイム」や「Doki Doki」など、昭和のリズム歌謡を歌詞とサウンドの両面から研究しつくしており、歌詞では絶妙な匙加減のナンセンスさ、サウンドではほどよい既聴感が音楽ファンの耳を刺激すること間違いなしだ。また、デヴィッド・サクライはダンス未経験ながらツイストやステップを完全に自分のものにしており、襟なしスーツで全編にわたって軽快に踊りまくっている。

日本の文化を扱った外国映画が逆輸入されることは別に珍しくないが、本作ほどその踏み込みが深い作品はなかなかない。メーサーロシュ監督は初めて寿司を食べた時、珍しさよりも“故郷っぽさ”を感じたという。その経験を監督は「不思議で説明できないしスプーキーな感じもするけれど(日本にハマるきっかけとして)決定的だった」と語っている。そんなバックボーンを持つ監督による、日本人のいろいろなツボを刺激しまくるジャポネスク作品。ぜひ一度、ご覧いただきたい。(文:伊藤隆剛/ライター)

『リザとキツネと恋する死者たち』は12月19日より全国順次公開される。

伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。

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