今週末は『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の公開で巷は湧いているが、待ちに待ったという意味では、名匠ピーター・ボグダノヴィッチの13年ぶりの新作『マイ・ファニー・レディ』こそ、筆者にとっては待望の1作だ。
『ラスト・ショー』(71年)、『ペーパー・ムーン』(73年)といった名作を生み出したボグダノヴィッチは映画評論家という肩書きもあるが、そんな彼の映画愛と知識が、なんとも軽快でロマンティックな大人のコメディ映画として結実した。
ある若手ハリウッド女優が自ら語る風変わりなシンデレラ・ストーリーだ。ニューヨークのコールガールだったヒロイン、イジーが仕事で赴いたのは高級ホテルに滞在する舞台演出家・アーノルドのもと。女優の妻を主役に据えた公演を控えた彼はイジーを気に入り、「この仕事をもうやらないと約束するなら、君の将来のために3万ドルをプレゼントする」と持ちかける。驚きながらも喜んで申し出を受けた彼女は夢を叶えることを決意、日を改めて舞台のオーディションを受けに行くと、そこにいたのはアーノルドだった。
浮気の絶えない夫にイライラしている主演女優、彼女にちょっかいを出そうとするちょいワルな共演俳優、唯一まともな感覚の持ち主である脚本家はオーディションに来たイジーにひと目惚れするが、彼には自己チューなセラピストの恋人がいて、そのセラピストのもとに通っているのがイジー。広い都会にいながら、誰もが誰かの知り合いという、やたらに世間が狭い状況下で次から次へとトラブルが発生。「ナッツにリスを!」というエルンスト・ルビッチの『小間使』(46年)の劇中の台詞を誰かが口にするたび、あちこちで人間関係がドタバタと衝突しながら、物語は進んでいく。
きれいごとだけでは済まされない映画・演劇界の裏側や大人の事情をリアルに盛り込みながら、少しもシニカルにならず、むしろおとぎ話のような愛らしさが心地いい。それは「つらい時にはオードリー・ヘップバーンの言葉が効くの」と目を輝かせるヒロインの魅力のなせる技だ。タフな環境に身を置きながら、どこまでも天真爛漫なイジーを『恋人まで1%』のイモージェン・プーツがチャーミングに演じる。
ウディ・アレン監督の『ミッドナイト・イン・パリ』でロマンチストの脚本家を演じたオーウェン・ウィルソンは、本作では情にほだされやすい浮気性の演出家役。ボグダノヴィッチ監督の実体験(かつて新作脚本のリサーチで話を聞きに行ったコールガールの1人に、やり直すための資金として幾らかを渡した)をベースにしたエピソードを誠実に再構築してみせる。
怪演を見せるのは、セラピストなのに全く人の話を聞かない自己中心的なジェーンを演じるジェニファー・アニストンだ。テレビシリーズ『フレンズ』のイメージを覆す100%ビッチな暴れっぷりは清々しいほどだ。
『ラスト・ショー』のシビル・シェパード、『ペーパー・ムーン』のテイタム・オニール、と過去の主演女優をはじめ、映画好きなら嬉しくなるようなカメオ出演も楽しい。
脚本をボグダノヴィッチと共同執筆し、プロデューサーも務めたのは彼の元妻のルイーズ・ストラットンだ。実はこの元夫妻の馴れ初めにもドラマティックな背景があるので、興味のある方は検索してみてほしい。脚本完成後、予定していた主演男優が急死、夫妻も離婚して、企画は中断していたが、ボグダノヴィッチと親交のある『グランド・ブダペスト・ホテル』のウェス・アンダーソン監督、『フランシス・ハ』のノア・バームバックが手を上げてプロデューサーにおさまり、ついに映画完成にこぎつけた。
ややこしい人間関係とめまぐるしい展開なのに、観客を混乱させずに交通整理するボグダノヴィッチの手腕はさすが。彼だけではない、スタッフ、キャストそれぞれの映画作りに対する思いが理想的な形で実現した、おとぎ話のきらめきをもった大人のロマンティック・コメディだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『マイ・ファニー・レディ』は12月19日より公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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