(…前編より続く)
ネメシュ・ラースロー監督は主人公のサウルと同じくハンガリー系のユダヤ人で、親族の一部をアウシュヴィッツのホロコーストで失っている。彼にゾンダーコマンドを主人公とする映画を作らせたきっかけは、収容所を描いた多くのホロコースト映画への失望感だったという。サバイバルやヒロイックな要素を絡めて神話的概念で過去を再構築するのではなく、サウルというひとりのゾンダーコマンドの身に起きた2日間の出来事を集中的に、前述のような独特の手法で見せることにより、現実の一端をあぶり出そうとしたわけだ。
・【映画を聴く】前編/“死の工場”で日ごと繰り返された狂気の現実をあぶり出す『サウルの息子』
サウルを演じるルーリグ・ゲーザは、ニューヨーク在住の作家で詩人。かつてパンク・バンドを結成して過激な内容の歌を歌っていたそうで、警察に目をつけられないように毎回違ったバンド名を名乗ってアンダーグラウンドのステージに立っていたという経歴の持ち主だ。アップで映し出されるサウルの顔からは特定の感情を読み取ることがほとんどできないが、その表情はホロコーストの惨状を何よりもリアルに伝えているとも言える。ラースロー監督が専業俳優ではないゲーザを起用したのは、彼にしか作れないこの表情を期待してのことだったに違いない。
なお、前編の冒頭で「本作にはいっさい音楽が使われていない」と書いたが、正確にはエンドロールにだけ音楽がひっそりと使われている。メリシュ・ラースロー(監督と同姓だが関係性は不明)という作曲家/ヴァイオリン奏者によって演奏されるその楽曲は無伴奏のヴァイオリン独奏曲で、およそ希望や救済とは無縁の悲壮感漂う楽曲だ。
その寂しげな響きによって本編は重々しく幕を閉じるわけだが、ここへきて、見る者はラースロー監督の明確な感情を初めて感じることになる。数多のホロコースト映画への失望感が作らせた本作には、“当事者”にしか持ち得ない種類の怒りが込められている。これまでも、そしてこれからも作り続けられるであろうナチス・ドイツによるホロコーストを題材とした作品にあって、本作の打ち込んだくさびは決して些細なものではないと思う。(文:伊藤隆剛/ライター)
『サウルの息子』は1月23日より全国順次公開される。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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