『ブラック・スキャンダル』
1970〜90年代、アメリカのボストンに実在したギャングのボスで、FBIに史上最高額の懸賞金をかけられたジェームズ・ジョセフ・バルジャーの半生を描く『ブラック・スキャンダル』。ウサマ・ビンラディンに次ぐ最重要指名手配者になるほどの悪名を得た裏にはFBIの教唆と幇助があったという事実に、信頼と裏切り、家族愛などドラマティックな要素を盛り込んだクライム・サスペンスだ。
革ジャンにジーンズでスタイルはいいが、額は広く上がり、顔には皺が刻まれている老境に差しかかったアイルランド系のギャングをジョニー・デップが演じる。いわゆる堅気の近隣住民にとっては困ったときに頼れる人物であり、闇社会に身を置く者にとっては絶対に逆らえない冷酷無慈悲な絶対的存在。そんな人物像は物語が始まってすぐに伝わる。
1970年代、ボストン南部の裏社会を牛耳るバルジャーのもとに、幼なじみでFBI捜査官になったコノリーが接触してくる。イタリア系マフィアの殲滅を目指すFBIとの協力を持ちかけられたバルジャーはこれに同意、両者の連携でイタリア系の勢力は弱まり、それに乗じてバルジャーたちは隆盛を極めていく。野心からバルジャーに近づいたはずが、いつのまにか職務よりもバルジャーにおもねり、深みにはまっていくコノリー、そこに政治の道に進んだ弟・ビリーも加わり、バルジャーは司法と政治を味方につけながら犯罪帝国を築いていく。
娘ほどの年齢の愛人との間に生まれた息子を溺愛する一面をのぞかせながら、猜疑心の塊で神経質なバルジャーは、裏切り者やその予備軍ならば、男であろうと女だろうと躊躇も情け容赦もなく消す。血を分けた家族にだけは執着にも似た愛情を見せるが、それ以外はすべて自分の目的到達のための駒という信念はいささかもブレない。機嫌良く談笑していたのが、突然牙をむいてみせる怖さ、殺人で自ら手を汚すときの無表情な面持ち。デップが醸し出す得体の知れない不気味さに、本人にとっては黒歴史と思われる『ノイズ』(99年)の宇宙飛行士役を思い出した。
同じくボストン南部が舞台の『ディパーテッド』(06年)でジャック・ニコルソンが演じたコステロもバルジャーがモデルと言われている。といっても、『ディパーテッド』はそもそも香港映画『インファナル・アフェア』(03年)のリメイクであり、そこでコステロにあたる役を演じていたのはエリック・ツァンだ。丸顔で人懐こい表情のツァンが時折見せた凄みは、バルジャーとよく似ている。息子にやさしく微笑みながら「誰も見ていなかったら、それは起こっていないのと同じだ」と極道の帝王教育をほどこす場面など、どんな残虐シーンよりもバルジャーという人物の本質が浮き彫りになり、戦慄を誘う。
幼なじみの兄弟との関わりを通して変貌していくコノリーを演じたジョエル・エドガートン、兄の悪業に目をつぶることで消極的に加担するビリーを演じたベネディクト・カンバーバッチとデップの三つ巴に、ケヴィン・ベーコンやピーター・サースガード、ダコタ・ジョンソン、ジュリアン・ニコルソンといった幅広い世代の演技派が加わり、サスペンスとドラマ双方に見応えがある。監督は『クレイジー・ハート』(09年)、『ファーナス/訣別の朝』(13年)のスコット・クーパー。
さて、あちこちでの評判を聞く限り、誰も気にしていないようなのだが、バルジャーの風貌には個人的に少々違和感を覚えた。入念に作り込んだ薄い髪も青い瞳も、よくでき過ぎていればいるほど造りものめいて、画面上で不自然に浮き上がってしまう。バルジャーの外見以外のすべてがリアリズムに徹しているからだ。もっともそれは、結局誰にも本性を見せず、長年にわたる追跡から逃れ続けて2011年にようやく逮捕されたジェームズ・バルジャーという人物が、他者の目にどう映っていたのかを示しているのかもしれない。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ブラック・スキャンダル』は1月30日より公開される。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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