ケイト・ブランシェットがアカデミー賞 主演女優賞にノミネートされ、日本でも公開前から話題となっている『キャロル』。女性どうしの恋愛を描くパトリシア・ハイスミスによる大ベストセラー小説を映画化した本作は、他にも4部門にノミネートされており(脚色賞/撮影賞/衣装デザイン賞/作曲賞)、物語の舞台である1950年代前半のニューヨークの街並みや社会的背景、文化、芸術などを忠実に再現している点も見どころだ。美しい映像と音楽が物語の重みをしっかりと受け止め、どこまでも上質で深い余韻を残す作品になっている。
監督はトッド・ヘインズ。先月亡くなったデヴィッド・ボウイらグラムロック時代のスターたちを複合的にモデルとした『ベルベット・ゴールドマイン』、ボブ・ディランを6人の役者が演じた『アイム・ノット・ゼア』(ケイトは本作にも出演、アカデミー助演女優賞にノミネート)など、音楽を扱った映画を得意とする人だけに、本作でもそこは抜かりない。と言うより、これまで以上のこだわりがじんわりと伝わってくる。
コーエン兄弟とスパイク・ジョーンズ監督のすべての作品を手がけてきたカーター・バーウェルによる音楽は、温かみのある木管楽器や緊張感に満ちた弦楽器の音色をフルに生かした箱庭的な室内楽でまとめられており、16mm(スーパー16)フィルム撮影の味わい深い映像と見事にマッチしている。劇中で流れる50年代当時のポピュラー音楽の選曲は、おそらく音楽監修を務めるランドール・ボスターによるものだろう。有名無名の二十数曲を織り交ぜ、バーウェルのオリジナル・スコアとともに物語の“行間”をていねいに補完する。たとえばバーウェルの手がけたコーエン兄弟『ビッグ・リボウスキ』のように、ハッとさせる音楽的斬新さが備わっているわけではないが、全編を通してひとつの組曲を聴いているようなトータル性が感じられるところが魅力だ。
『太陽がいっぱい』や『見知らぬ乗客』などで映画ファンにも広く知られるパトリシア・ハイスミス。彼女が52年に出版したこの映画の原作『The Price of Salt(よろこびの代償)』は、当時としてはあまりにセンセーショナルな内容だったため、彼女はクレア・モーガンという別名儀で本作を発表。にもかかわらずこの小説は100万部を超える売り上げを記録しており、ハイスミスは90年に作者が自分であることを告白している。日本ではこれまで一度も翻訳されたことがなかったが、本作の公開に合わせてようやく日の目を見ることになった(河出文庫から発売中)。
そしてハイスミス原作の『リプリー』に出演経験があり、『アイム・ノット・ゼア』でヘインズ監督とも一緒に仕事をしているケイト・ブランシェットがとにかく巧い。彼女が演じるキャロルと、ルーニー・マーラ演じるテレーズの性別や年齢、社会的立場を超えた理不尽なまでのつながりを、ミステリアスな魅力で説得力たっぷりに見せてくれる。(後編へ続く…)(文:伊藤隆剛/ライター)
・【映画を聴く】後編/50年代のポピュラー音楽が引き立てる、女性同志の美しすぎる恋愛『キャロル』
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