『ヘイトフル・エイト』
前作『ジャンゴ 繋がれざる者』に続く西部劇であり、真冬の山小屋を舞台とした密室ミステリーでもあるクエンティン・タランティーノ監督『ヘイトフル・エイト』が、明日から公開される。
脚本の流出による企画中断と、サミュエル・L・ジャクソンら豪華キャスト陣を迎えた朗読会の好評を受けての再始動。明後日2月28日(日本時間29日)に発表される第88回アカデミー賞への3部門ノミネート(助演女優賞/作曲賞/撮影賞)。そして「恐らく、これは俺の最高傑作と言えるだろう」というタランティーノ本人の自画自賛コメントなど、公開前から多くの話題を提供している本作だが、【映画を聴く】的注目ポイントはやはりエン二オ・モリコーネによる音楽だ。芸術性とエンタメ性を過激に行き来するモリコーネ節は、87歳になった今も健在。明日のアカデミー賞 作曲賞の獲得にも期待が高まる。
今年1月のゴールデングローブ賞 作曲賞では坂本龍一&アルヴァ・ノトが音楽を手がけた『レヴェナント 蘇りし者』ほか4作品とともにノミネートされ、見事その栄冠を勝ち取った本作。タランティーノはかねてより『荒野の用心棒』や『夕陽のガンマン』に代表される一連のマカロニ・ウエスタン作品でのモリコーネの仕事にリスペクトを隠さず、『ジャンゴ』では彼が書いた過去のスコアに加えて1曲の書き下ろし(シンガー・ソングライター、エリーザとの共作「Ancora Qui」)を使用している。しかしその後、モリコーネがタランティーノの音楽の使い方を「統一性に欠ける」と批判。一時は確執も伝えられたが、今考えれば今回ための話題づくりだったのでは?と邪推したくなるほど、ここでの両者のタッグは良好かつ緊密だ。
マカロニ・ウエスタンに限らず、『華麗なる相続人』『ニュー・シネマ・パラダイス』『ロリータ』『海の上のピアニスト』『マレーナ』、最近では『鑑定士と顔のない依頼人』まで、モリコーネは50年以上のキャリアの中で450本ほどの映画音楽に関わってきたと言われる。本作では、彼が以前手がけたブライアン・デ・パルマ監督『アンタッチャブル』にどこか通じるトーンを基調に、タランティーノがこよなく愛するキャリア初期のマカロニ・ウエスタン諸作のエッセンスも残すことに成功している。
それはもう、オープニングからして「これぞモリコーネ節!」としか言いようがない境地だ。冒頭で触れたように、とにかく芸術性とエンタメ性のバランスが絶妙で、正義のヒーロー不在の中、常にバイオレンスの気配が漂う悪漢たちの駆け引きをストリングスの不穏な和声感で煽り、ここぞというところではホーンで鋭く、鮮やかに切り込みをかける。発売中のサウンドトラック盤は、モリコーネによるスコアのほか、ジェニファー・ジェイソン・リーの演じる囚人の女が劇中で弾き語るフォーク・ソングなどもセリフ込みで収録されており、他のタランティーノ作品のサントラと同様、トータル性の高さを味わうことができる。
タランティーノはこれまで一貫して映画マニアならではの視点で作品を撮り続けてきた人であり、『ヘイトフル・エイト』でもそれは変わらない。加えて本作では物量とマンパワーの投入にいつも以上の気合いが感じられる。70mmフィルムによる圧倒的な奥行感と、アナモルフィック・レンズを使った2.76:1の超ワイド・アスペクト。そして『キル・ビル Vol.1』も手がけた美術監督、種田陽平による徹底的に細部まで作り込んだセットなどなど。モリコーネとのタッグも含め、マニアとしての願望はあらかた叶えてしまったかにすら思える。そういう意味でも、本作が彼にとってひとつの到達点であり、円熟期の始まりを告げる作品になることは間違いなさそうだ。(文:伊藤隆剛/ライター)
『ヘイトフル・エイト』は2月27日より全国公開される。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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