坪田義史監督、リリー・フランキー主演の『シェル・コレクター』は、2002年にアンソニー・ドーアがアメリカで出版した処女短篇集所収の表題作が原作(日本でも2003年に出版されている)。子どもの頃に貝に魅了され、そのまま貝類学者になった盲目の初老の男が、偶然にもある女の奇病を治してしまったことから多くの人々の耳目を集めることに……。
原作の舞台であるケニアを日本に置き換え、登場人物の設定にもアレンジを加えているが、孤独を好む貝類学者の暮らしぶりや、貝の官能的な形をていねいに描写する原作のトーン&マナーは踏襲。40ページほどの原作をさらに煮詰めつつ、コアになるイメージを美しい映像と音で浮き彫りにした格好だ。
とにかく映像の美しさにまず目を奪われる。昼間は16mmフィルム、夜はHDカメラ、海中は4Kカメラと、シーンごとにカメラを使い分けて撮影が行なわれたらしく、海と砂浜の不気味な静けさ、貝類学者の部屋に射す柔らかな光、海中での貝や魚の生態、劇中で描かれる絵画にいたるまで、すべての映像に坪田監督の美意識が行き届いている。ここまで映像に作家性を打ち出してくる映画監督は、今どき珍しいかもしれない。
また、“抽象映像監督”として映像作家の牧野貴が参加しており、盲目の主人公の頭の中をコラージュ的な映像で表現。CGではなく、あくまでアナログ的な手法でさまざまな素材を重ねているのだという。現実なのか虚構なのかも曖昧なその映像世界に深々と浸る心地よさは格別だ。
そんな美しい映像に、ミニマルなサウンドトラックが有機的に絡みつく。担当したのはアメリカの音楽家、ビリー・マーティン。20年以上のキャリアを持つジャズファンク・バンド、メデスキ,マーティン&ウッド(MMW)の一員で、ドラム/パーカッションを担当している。作曲だけでなく映像や彫刻などのヴィジュアル作品の制作も手がけるマルチ・クリエイターだ。
MMWはヒップホップを経由したビート感のあるサウンドを軸としているが、ここでのマーティンの音楽はそれよりも現代音楽やアンビエント・ミュージックの色合いが強く、牧野貴の抽象映像とのマッチングも抜群。ひたすら反復するパーカッションの響きは、見る者/聴く者の感覚を研ぎ澄ます静かな力を内包している。自身も映像作家としての一面を持つマーティンだからこそ、映像と音楽の距離感を絶妙な匙加減でコントロールできるのだろう。
映像と音の美しさが際立った作品だが、もちろん人物がないがしろにされているわけではない。リリー・フランキーや寺島しのぶの存在感は、ため息が出るほど大きなものだ。特に15年ぶりの単独主演となるリリー・フランキーは水を得た魚状態で、銀髪に青目という異形の老学者をこの人にしかできない演技で見せてくれる。
この映画にはハリウッド大作のようなド派手なシーンは皆無だし、ストーリーラインもあって無いようなものだが、一度その世界観に同調するとなかなかそこから抜け出せなくなる。大きく感情を揺さぶられるわけではないのに、何かとてもフィジカルな体験をしたかのような後味が残るのだ。盲目の主人公が手触りだけで貝の螺旋を美しいと感じるように、まずは頭ではなく身体で受け止めるべき映画なのかもしれない。(文:伊藤隆剛/ライター)
『シェル・コレクター 』は2月27日より全国順次公開される。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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