前編/史上最低の音痴歌手をモデルとした悲喜こもごもの人生オペラ『偉大なるマルグリット』

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『偉大なるマルグリット』
(C)2015 -FIDELITE FILMS - FRANCE 3 CINEMA - SIRENA FILM - SCOPE PICTURES - JOUROR CINEMA - CN5 PRODUCTIONS - GABRIEL INC
『偉大なるマルグリット』
(C)2015 -FIDELITE FILMS - FRANCE 3 CINEMA - SIRENA FILM - SCOPE PICTURES - JOUROR CINEMA - CN5 PRODUCTIONS - GABRIEL INC

もしジャイアンが大金持ちで、カネに物を言わせて盛大な「剛田武リサイタル」を開催してしまったら……? 2月27日より公開中の『偉大なるマルグリット』は、自分が音痴であることに気がついていないフランスの裕福な男爵夫人が、パリの大舞台でリサイタルを開くまでの顛末を描いた悲喜劇だ。

『ドラえもん』のエピソードを少しでも知る人なら、まずはジャイアンのことを思い出すに違いないこの物語のヒロイン、マルグリットには実在のモデルがいる。アメリカのフローレンス・フォスター・ジェンキンスというアメリカの女性で、“自称”ソプラノ歌手だ。

その音痴ぶりは誰の耳にも明らかだったが、自分自身はそのことにまったく気づいていなかったという。彼女は1944年に76歳でカーネギー・ホールの舞台に立ち、その1ヵ月後に亡くなっているが、観客が自分の歌を聴いて毎度大笑いするのは、それを純粋に楽しんでいるからだと最期まで信じ込んでいたようだ。つまり、彼女には生涯を通して真実を伝えてくれる友人が誰ひとりいなかったということであり、その事実は人間の残酷な面を浮き彫りにしている。一生を通じてオチのないドッキリを仕掛けられていた、と言ってもいいかもしれない。

本作は伝記映画ではなく、あくまでも彼女をモデルにしたグザヴィエ・ジャノリ監督自身の脚本によるオリジナル・ストーリーだ。カトリーヌ・フロの演じるマルグリットは絶望的なまでの音痴にもかかわらず、歌に対して人一倍の情熱を秘めている。彼女の歌が酷いことは、夫を含め誰も本人に告げられない。しかし一方で、彼女の天真爛漫で純粋な人柄に魅入られる人も少なくない。本作では彼女を単なる笑い者にするのではなく、どんなに情熱を注いでも叶わない夢がある、という悲劇性を盛り込むことで物語に深みを加えている。

モデルとなったフローレンス・フォスター・ジェンキンス本人の伝記映画も現在ハリウッドで映画化が進められているそうで、フローレンス役にはあのメリル・ストリープが決まっているという。3月5日公開の主演作『幸せをつかむ歌』では胸を打つ歌声を持つ熟年ロック・シンガーを演じているだけに、どれだけ見事にフローレンスの音痴ぶりを再現してくれるか、今から気になるところだ。

ちなみに彼女の凄まじい歌声を記録したCDは現在も2種類ほど流通しており、動画サイトなどでも簡単に耳にすることができる。聴いてみたいという物好きな方(?)は一度「Florence Foster Jenkins」で検索してみてほしい。(後編へ続く)(文:伊藤隆剛/ライター)

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