(…前編より続く)この『偉大なるマルグリット』では、マルグリット役のカトリーヌ・フロによる“渾身の音痴ぶり”が何よりの見どころ&聴きどころになっているが、舞台である1920年代のフランス社交界を忠実に再現した衣装やインテリア、そして演奏されるクラシック音楽のクォリティの高さも要チェックだ。
デヴィッド・ボウイとカトリーヌ・ドヌーヴの共演が話題となった1983年の映画『ハンガー』などで知られるレオ・ドリーブの歌劇『ラクメ』から「花の二重唱」、モーツァルトの『フィガロの結婚』から「恋とはどんなものかしら」、同じくモーツァルトの作品で、マルグリットの絶唱が響き渡る『魔笛』の「夜の女王のアリア」など、さまざまな歌曲が使われている。彼女の歌声は映画のために集められた一流の演奏家たちの伴奏の上で、アナーキーに暴れまくる。
その最たるシーンが前半に用意されている。野心に溢れる新聞記者と画家のすすめにしたがってマルグリットが出向いたのは、パリで彼らの企画したアンダーグラウンドな前衛イベント。事情を知らないままにいつもの調子で歌うマルグリットに、その手のオーディエンスは大興奮。警察沙汰になったこのイベントのせいで、マルグリットは貴族の上流社会から排除されてしまうが、それ以上の手応えを得た彼女は、この後“パリでリサイタルを開く”という夢のために邁進することになる。
本人はいたって大真面目。でも周囲から見ると狂っているとしか思えない。そんなマルグリットの人物像は、ストーリーのさわりだけを聞くとジャイアンにしか思えないが、その結末にはどこか『グレート・ギャツビー』のジェイ・ギャツビーや『白鯨』のエイハブ船長と重なるところがある。また、この映画には“音楽への壮大で残酷な片想い”というキャッチコピーが付けられているが、これは“壮大=喜劇/残酷=悲劇”という作品の二面性をうまく言い当てている。最初は彼女の音痴ぶりにひたすら唖然とし、苦笑するしかないのだが、最後には何とも言えない寂寥感で胸がいっぱいになる。『偉大なるマルグリット』は、そんな映画だ。(文:伊藤隆剛/ライター)
『偉大なるマルグリット』は2月20日より公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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