痛快スポ根な前編だけでも見ごたえ十分
(…中編より続く)競技かるた部に熱い青春をかける高校生たちを描いた、和物の文化部系コミックの代表格「ちはやふる」が、広瀬すず、野村周平、真剣佑ら豪華キャストで映画化された。原作ファンとしては既刊の単行本31巻出ている原作のどこまで映画化するのか、どうなっているのか気になるところ。やはり主人公・千早たちが高校1年生までかと予想していたら、その通りで、映画化されたのは第9巻あたりまで。1学年下の後輩組・すみれちゃんと筑波くん好きとしては残念な気もするが、区切りとしては当然だろう。
しかし、もっと残念なのは、物語の幕開けであり、単行本では2巻はじめまでかけて描かれる小学生時代が、映画版では回想シーンとして挿入される程度なこと。とくに新の東京でのぼろアパートでの千早とのかるたシーンは前編には登場しないほど、さらっとしか描かれない。千早がはじめて競技スタイルのかるたの魅力、そして新の真の姿に触れる瞬間であり、新にとっても、ピンチでも平常心を保てるほど心の拠り所となる重要なシーンなのに。上映時間の制限はあるとはいえ、せっかく前後編2部作にまでしたのだから、この物語の核となる子ども時代はもう少し丁寧に描いてくれたらよかったのにと思う。
登場人物たちのバックグラウンドもきちんと描いてほしいところ。映画版では千早はお姉さんがモデルだからパッと見はイケてる女子という意味でだけ、お姉さんに触れられる。でも、それだけでなくお姉さんがモデルなのは千早の人物像に大きな影響を与えているのだ。
親はお姉さんの芸能活動に躍起で千早は二の次、千早自身も自分より姉の活躍に期待していて夢中になるものを見つけられていない。そんなときに競技かるたに出会うのだ。新にしても、競技かるたの永世名人である祖父が映画版にもちらりと登場するが、変わり果てた祖父の姿にショックを受けるエピソードまでは描かれない。太一に至っては家族がまったく描かれない。かるた部の合宿も太一の家でなく、映画版では職業設定を神主に変更したかるた会会長の原田先生の神社で行っている。医者の息子で完璧主義の母親から学年の主席キープのプレッシャーをかけられている太一の人物像にとっても家族の存在は大きいのに。
さらに、家族は省略するとして、かるたを徹底的に描くのかというと、映画版では太一は1年生のうちにB級からA級にあっさり昇格してしまう。ネタバレかもしれないが、昇格を決めた試合シーンも省略されるほどだから言ってもいいだろうと思えてしまうぐらいあっさりと。おそらく個人戦で太一を千早たちA級と同じ会場にするためだろう。イケメンで成績優秀でハイスペックな太一が、母親から快く思われてなくても頑張っているかるたなのに、運のなさからか、かるたにおいてはくすぶっているコンプレックスも太一にとっては重要なのに。影の部分のない太一が千早への想いを抱えていても、ただの恋愛体質のウジウジした男子に見えてしまう。
これも欲張りな話かもしれないが、前後編に分け、前編はテンションも高い競技かるたの魅力を見せるスポ根もの、後編は落ち着いた人間ドラマと上映時間も2倍にした二部作にしたのだからついついもっと描け込めたのではないかと思ってしまう。
原作ファンとしては一言も二言も言いたくなるが、こだわりを捨ててみれば制作の意図した通りで、前編は青春スポ根として痛快な仕上がり。原作単行本では4巻までの1年目の地区大会までが前編だから、試合展開もカタルシスを得られてスカッとするはず。百人一首の和歌のイメージをCGを織り交ぜて表現するなど華やかさもあり、笑いもあって前編だけでも見ごたえあるだろう。後編はエピソードとしては1年目の全国大会と個人戦だから、スポ根ものとしてはトーンダウンすることは否めない。とはいえ、「個人戦こそ団体戦だ」とセリフにもある通り、若手俳優たちのみずみずしい演技でさらに深まるチームの絆を描き、後日談的な青春ドラマとして楽しめるんじゃないだろうか。あと、念のためもう一度断っておくと、松岡茉優は前編の本編には1カットも登場しないから、彼女のファンは後編をメインに見るべし。(文:入江奈々/ライター)
『ちはやふる -上の句-』は3月19日より、『ちはやふる -下の句-』は4月29日より公開される。
入江奈々(いりえ・なな)
1968年5月12日生まれ。兵庫県神戸市出身。都内録音スタジオの映像制作部にて演出助手を経験したのち、出版業界に転身。レンタルビデオ業界誌編集部を経て、フリーランスのライター兼編集者に。さまざまな雑誌や書籍、Webサイトに携わり、映画をメインに幅広い分野で活躍中。
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