【第1回】「あれ何なの?」ホラー映画に登場する単語やモノを解説〜ゾンビ編〜
【ホラー&オカルト映画のキーワード解説】本コラムでは、ホラー映画やオカルト的要素が含まれる作品、猟奇殺人モノなどで頻出する単語やガジェットを解説していく。
映画に登場する装置がどんな歴史を持っているかや、どのような使われ方をしていたのかを理解しておけば、より一層味わいが深まるというものだ。と断言したが、別に知らなくてもいい知識である。第1回は「ゾンビ」を簡単に解説していきたい。第1回とタイプしたが果たして2回目はあるのか…??
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現在のゾンビは後世に作られたイメージ
今でこそ、のろのろ動く奴や高速で走ってくる奴、知能を持った奴から人を噛まないベジタリアンなど、ゾンビはかなり多様化している。だがこれは全て後世に作られたイメージである。
ゾンビとは、もともとアフリカで行われていた「ヴォドン」というアフリカの精霊信仰から生まれたと言われている。ヴォドンには「Nzambi (ンザンビ)」という「不思議な力を持つもの」を指す言葉が存在した。
1600年代よりはじまった奴隷貿易により、多くのアフリカの民がカリブ海地域に送られた。カリブ海地域では先住民族の数が少なかったため、プランテーションの労働力として黒人奴隷を移入させたのだが、そのなかにはもちろん、ヴォドン信仰を持つ者も存在しただろう。
そして彼等の信仰と現地のカトリックや様々な土着宗教と混合して、ブードゥー教が誕生することとなる。その成立過程で、「ンザンビ」も「ゾンビ」へ転じたといった説がある。また意味合いも「不思議な力を持つもの」から「人智を超えたもの、あるいは物の怪の類」として変化している。
つまり、最初期のゾンビはあくまで概念であって、墓場から蘇って人を食ったり、未知のウィルスによるパンデミックを起こしたりはしない。
死者蘇生の儀式とゾンビパウダー
では、現在のゾンビ映画に登場するような死者(最近は生者か死者か曖昧な奴もいるが)のイメージはどこから来ているかというと、これはヴードゥー教で行われた死者蘇生の儀式と、ゾンビパウダーに由来するのではと考えられる。
死者蘇生の儀式は、依頼を請けたヴードゥーの司祭が墓から死体を掘り起こすことから始まる。司祭が何度も死体の名前を呼び続けると、そのうち死体が起き上がるらしい。蘇生が完了したら、元死者の両手を縛って農園に売り飛ばして儀式は完了する。
元死者の魂はすでに現世にはなく、というか封印されてしまっているらしいので思考ができず、永遠に奴隷として働かされる。
しかし、残された家族サイドはたまったものではない。死者蘇生を防ぐべく、埋葬後に墓を見張ったり、蘇生されても動けないように死体を切り刻んだりと「むしろ蘇らせるよりアレなんじゃないですか」と言いたくなるほどの策を弄していたそうだ。
次にゾンビパウダーだが、こちらはオカルト好き、あるいは久保帯人先生がお好きな方には馴染みのある言葉だろう。テトロドトキシン(※)が含まれた薬を生きている人間の傷口から浸透させて仮死状態に陥らせると、前頭葉が破壊される。
※フグの猛毒
前頭葉は思考や感情のコントロール、コミュニケーションなどを司る部位なので、ここが損傷すると意思のない人間ができあがる。感情もないので文句も言わず、ただ命令に従う奴隷として、死者蘇生後の人と同じくプランテーションで使役されていたそうだ。
また、社会やコミュニティのルールを守った者に与えられる罰としての「ゾンビ」もあるのではないかと言われている。決まり事を破った者は村八分にされ、社会的な死をもってゾンビとなる。これは2023年の現在でも世界中で行われているので、ある意味で上記2手法よりも遥かにホラーかつリアルではないか。
話を戻して、死者蘇生やゾンビパウダーによるゾンビの生成は、映画に登場する(原初に近い)ゾンビに比較的近いといえるだろう。
ゾンビの感染を世界に広げたのは誰か
いくらハイチで死者蘇生の儀式が行われようと、ゾンビパウダーを傷口に塗りたくろうと、それだけではゾンビ映画は作られないし、これほどまでに世界共通のゾンビイメージを作り出すことはできない。では、誰がゾンビを世界に広げたのか。米国である。
米国は1915年にハイチを占領した後、映画や芝居などでゾンビを茶化してブードゥーのイメージダウンを画策した。印象操作に成功したかどうかはさておき、一連の作品群により、1920年代には米国内でちょっとしたゾンビブームが発生した。
占領した、あるいは勝利した相手の文化や風習を茶化して陳腐化させるのは、米国のいつもの手口である。ナチス・ドイツでもそうだしアメリカ先住民族でも見られる。日本だって『ダイ・ハード』でナカトミビルが爆破され……るのは少々違う気もするが、とにかく米国は、一度殺した相手が起き上がってくるのが怖いので、常に殺し続けないと不安で仕方ないといった病理を抱えている。いっぽう、時代によって「やっぱオレたち悪かったよな」と反省するターンもあるので、言わば大長編ドラえもんにおける剛田武のようなメンタルで駆動している。
この、死んだと思った相手が実は生きていて(あるいは、蘇ってきて)自身に襲いかかってくるというのは、映画などのエンタメ作品においては米国と非常に親和性が高い、というのも流行の一助になっているだろう。
現代におけるゾンビ映画はどのような経緯を辿っていたのか
米国のゾンビブームとそう遠くない1931年には、『フランケンシュタイン』が大ヒットした。そこで二匹目の泥鰌を狙うべく、ヴィクター・ハルペリン、エドワード・ハルペリンの両名により、元祖ゾンビ映画と呼ばれている『ホワイト・ゾンビ(恐怖城)』が公開されることとなる。
原作は米国の探検家、ウィリアム・シーブルックの『The Magic Island』だが、ウィリアムは著するにあたってハイチへ渡り、ヴードゥー教を調査・取材している。映画に登場するゾンビは死人が蘇ったものではなく、仮死状態にされている。これは原初のゾンビに近い造形だと言えるだろう。
では、現在のように人に噛みつき、噛み傷から感染するゾンビはいつから登場したのだろうか。簡単に流れを解説してしまうと、『プラン9・フロム・アウタースペース』や『地球最後の男』といった後世のゾンビ映画に影響を与える作品群を経て、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』の登場により現在のゾンビ像が確立する。
ちなみに、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』ではゾンビとは呼ばれておらず、正確には次作から「ゾンビ」という言葉が登場する。だが、ゾンビの基本ルールが制定されたのは確かだろう。
いわゆる「ロメロゾンビ」から幾星霜、現在ではロメオも苦笑いする高速で走るゾンビや防御力の高いゾンビなども登場し、『ワールド・ウォー Z 』や『新感染 ファイナル・エクスプレス』といった、とにかく数で押し、面制圧してくるような作品も多々ある。
『ウォーム・ボディーズ』のような恋愛モノもあるし、『高慢と偏見とゾンビ』みたいな原作モノ(でいいのかそれ)だって存在する。『ショーン・オブ・ザ・デッド』、『ゾンビランド』などに代表されるエンタメ性の高い作品もある。
とにかく、今やゾンビは原義を離れて日本の中華料理屋、カリフォルニアの寿司屋のようにて独自の進化を遂げ、制作され続けるゾンビ映画はまるで九龍城砦のように堆く異形なキメラを形成している。良い悪いとかそういう問題ではない。ゾンビ映画の行き着く先がどのような表現になるのかは非常に楽しみなのだが、おそらく私が生きているうちには目撃できないので、墓に入ったら誰か蘇らせてください。(text:加藤広大/ライター)
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